13歳の自転車地図:IAMAS新春レクチャー&ワークショップのコンセプト

編著書『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた』が11月に出たということで赤松さんにお誘い頂き、来年1月5日(金)・6日(土)に大垣エリアで「都市自転車レクチャー&野辺自転車ワークショップ」をさせてもらえることになった。レクチャーとワークショップは片方だけの参加でも楽しんでもらえるように用意を進めているが(学外からのご参加も大歓迎です ※いずれも前日までにお申し込み下さい)、本とリンクさせつつ都市〜野辺を統合的にとらえてもらうため、「13歳の自転車地図」というコンセプト/視点を設定した。ここではそれを簡単に説明し、「遠足のしおり」も添えておく。

子供の目で街と道を見る

「13歳の自転車地図」のざっくりとした主旨は、そのくらいの年齢の子供になったつもりで自分の生活圏や周辺の土地を眺めてみよう、ということだ。日本の子供の多くは、学齢期を迎える前に自転車の基本的な操縦を覚える。小学校に入って自分で歩いて登下校するようになると、子供だけで公園などに自転車で出かけることも増える。そして中学に上がると自転車は通学にも使われ始め、自律的な日常移動の主要ツールとなる。モビリティーの個人史におけるこの時期を代表する年齢、それが13歳というわけだ。

自転車にスケボーを積んで移動中の、10代前半と思しきキッズ。

もう「児童」ではなくなった路上で

13歳はまた、自転車での歩道通行を認める道路交通法上の条件の一つ、「児童」すなわち「六歳以上十三歳未満の者」の枠から外れる年齢だ。12歳から13歳になったからといって車との衝突に耐えられる身体が手に入るわけではない(それは何歳になっても同じである)。けれども少なくとも名目上は、自転車での移動時に歩道を選択してよいとされる条件がここで一つ失われてしまう。

普通自転車は、次に掲げるときは、第十七条第一項の規定にかかわらず、歩道を通行することができる。ただし、警察官等が歩行者の安全を確保するため必要があると認めて当該歩道を通行してはならない旨を指示したときは、この限りでない。
 道路標識等により普通自転車が当該歩道を通行することができることとされているとき。
 当該普通自転車の運転者が、児童、幼児その他の普通自転車により車道を通行することが危険であると認められるものとして政令で定める者であるとき。
 前二号に掲げるもののほか、車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき。

道路交通法 第六十三条の四

1月5日の「都市自転車レクチャー」では、道路交通法上はもう「児童」ではない、しかしまだまだ幼い13歳に戻ったつもりで、その視点から、私たちの街と道はどうなっているか、またどんなものでありうるかを、『世界に学ぶ自転車都市のつくりかた』を参照しつつ考えてみたい。

より遠くへ行けるようになった「かいじゅう」たち

If the children don’t grow up
Our bodies get bigger but our hearts get torn up
We’re just a million little gods causing rain storms
Turning every good thing to rust
I guess we’ll just have to adjust

子供が大人にならなければ
身体ばかり大きくなって心はズタズタ
僕らは嵐を起こす百万の小さな神々でしかなく
よきものをみんなダメにしてしまうから
きっとただ合わせていくしかないんだ

センダックの絵本を原作とした映画Where the Wild Things Are(邦題『かいじゅうたちのいるところ』)で主題歌として使われているArcade Fireの曲 “Wake Up” より(日本語訳は筆者による)

中学1年、13歳という設定は、「自分(たち)だけで出かけても保護者に許される距離」がぐっと広がり、なおかつ冒険心と遊びへの志向が抑え込まれていない年齢、との見立てでもある。子供に対する行動範囲の制限の緩和は(同時代・同文化の)人間社会への同調と引き換えになっているものだが、13歳はまだ「人間」を上手く演じられていない「かいじゅう」たちがゴロゴロいる、そんな境界域とみることができるだろう。

映画Bigのオープニングシーン。主人公のジョシュと親友のビリーは13歳。
映画Stand By Meの主人公たちは12歳。中学に上がる前の夏休み(アメリカの新学年は秋スタート)、4人は数日間の冒険に出る。

1月6日の「野辺自転車ワークショップ」では、子供たちが自転車でちょっと遠出を試みた日、というイメージで、大垣市街から揖斐川流域を南へ走る予定だ。身体能力も知識も装備も、子供たちと同じくらいで構わない。オペレーション上は主催側が先導し、事前に決めたルートをなぞる形になるが、それが各々にとって自ら自分の自転車地図に引いた線と感じられるよう、道中での偶発的な発見や発案を大切にしたいと考えている。

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