銀(塩)輪車 第10回 試作3号

自転車を通じて体験し得る事柄には、距離的移動、時間経過、身体的疲労、振動、風、空気抵抗、周囲とのコミュニケーションなどといった多くのものがある。これらを含んだ、自転車に乗るという行為の新しい記録の仕方を、銀塩写真を用いて模索する。

「銀(塩)輪車」第1回より

本連載は上記を目標に掲げ、写真と自転車を組み合わせながら試行錯誤している。この第10回では、今月に撮影を行なった「試作3号」の詳細について説明し、実際に撮影できた写真を紹介していく。この試作3号に関する詳細については、第9回の内容も参照していただきたい。

試作3号

「試作3号」とは、2号で行なった撮影方法を夜間に行うという趣旨のものである。カメラはHOLGA 135 PC、フィルムはILFORD HP5 PLUSを用い、カメラを自転車に固定した状態で長時間露光を行った。夜間での撮影であるという点の他に、大きく変更のあった箇所としてカメラの自転車への固定方法が挙げられる。2号ではカメラをボトルケージに挟む形で固定したが、3号では以下のようにサドルへ固定した。

サドル下へのカメラ固定方法

固定してある状態をしっかりと写真に撮っていなかったため非常に見にくいが、ジップ・タイや紐、マスキングテープなどを組み合わせて使用しながらなんとかカメラを固定した。あまり見た目は良くないが、ハンカチをクッション代わりに使うなどして思いの外ガッチリと固定することができた。

さて、2号ではボトルケージに固定していたためピンホール(レンズ)が進行方向に向かって右側に向いていた。これに対して今回の試作3号ではサドル後部に固定することで進行方向に向かって後ろの風景を撮影することができた。また、あまりに暗い中での撮影だったため自転車用のライトをカメラの真下に固定し、後部の道を照らしながらの撮影も試みた。

撮影開始前に最終確認をする様子

実施条件

試作3号での撮影に関して、具体的な撮影場所と露光時間、またフィルムのスキャンの詳細についても説明する。まず撮影場所に関しては、筆者の家からレドンド・ビーチまでの道のりとビーチ沿いの自転車道を含めた道路にて行なった。今回は2号のように自転車道のみに絞らず、比較的ルーズに複数のルートにて撮影を行なった。露光時間に関しては第5回の内容を振り返りながら、全ての写真において8分間の露光を行った。最後に、スキャンはEpson V600 Photoスキャナーを用いてSilverFast8にてHP5 PLUS用のプリセットを使用しながら行った。

出来上がった写真

今回のカメラの固定方法では、カメラが逆さまになった状態で撮影を行う必要があったため、以下の写真も上下を反転させた状態で紹介する。合計で8枚の写真を撮影したが、ここでは以下の3枚を紹介する。

①自宅からレドンド・ビーチまでの道のりを撮影
②ビーチ沿いの自転車道にて撮影(ライト点灯)
③ビーチに面した道路にて撮影

考察

3枚の写真全てにおいて、上半分に街灯や撮影時に走行していた車のヘッドライト等の光の軌跡が写っており、下半分はほとんど真っ黒になっていた。これはこの3枚だけでなく、他の写真においても同じであった。下半分の黒は道路が写っていた部分であると予想できる。

①の写真に関して、3枚の中で最も光の軌跡が多く激しく揺れているように見える。また中央付近の光の線が他の写真のものより太く感じられる。これはおそらく自宅からビーチまでの道のりに車が多く走っていたからだと考えられる。車道を走行していたため、車のヘッドライトがカメラに近かったことが原因で線が太くなり、また車が各々動いていくことで多くの線を残したのだろう。

②の写真について注目したいのは、下半分のやや左側に見える淡い光の円である。街灯などによって写った光の線とは全く違う光の円が薄く写っているが、これはカメラの真下に固定したライトの光が道路を照らしていたものが写ったものだと予想できる。光の線とは異なりカメラと共に固定されていたライトの光は揺れることなく定位置に留まっている。

③の写真と取り上げた理由は、写真中央に写っている、他の光の線から少し孤立した光の塊の正体が気になったからである。このような塊はこの写真にしか写っていなかったが、その正体が全くわからなかった。

さて、今回の試作3号から生まれた写真を、本連載の目標と照らし合わせながら再度確認したい。今回の記事の冒頭にもあるように、この連載では自転車に乗るという行為の以下のような要素を写真として捉えたい。

  • 距離的移動
  • 時間経過
  • 身体的疲労
  • 振動
  • 空気抵抗
  • 周囲とのコミュニケーション

これらを踏まえた上で、試作3号では「距離的移動」、「時間経過」、「身体的疲労」、「振動」についてはある程度記録することができたのではないかと考える。光の線の長さはライドでの距離的移動と時間経過を表しており、その線の形状は自転車の揺れや振動によって決定され、それらには乗っている者の身体的な動きや疲労などが影響を及ぼしている。

ただ、同時に他の要素に関しては表現することに失敗している。そしてさらに、今回の試作3号の写真は風景的なビジュアルを持たず、写真としてのシンプルな綺麗さや面白さに欠けるように筆者には思える。この点においては試作2号での写真は海岸沿いの風景としての要素が残っていたため、写真の内容としてより良いものを持っているように感じた。

ただし、今回の試作3号の写真について興味深かった点が一つある。それは、フィルムを現像し終わりネガを見ると、元々写真が全て逆さまになっていた上に白と黒が反転していることも相まって、複数の写真が海の写真のように見えたのだ。光の線の形状が海の波のように見えた。これは思いがけない発見であったとともに、このような長時間露光作品では、ブレ等が集積することで全く異なる形や物を写し出すことがあるのかもしれない。

②を逆さまにした写真、夜の海と月を写しているように見える

続く

試作3号を実施したことで、上記に書いたこと以外にも多くのことを考えた。この3号での手法が本連載の目標を全て達成してくれた訳ではなかったが、自転車とピンホールカメラの組み合わせという点においてはより多くのことがわかってきた実感がある。

来月も引き続き、自転車に乗る行為の新しい記録方法を模索していく。

それでは、また。

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