銀(塩)輪車 第1回 ニエプス

自転車を通じて体験し得る事柄には、距離的移動、時間経過、身体的疲労、振動、風、空気抵抗、周囲とのコミュニケーションなどといった多くのものがある。これらを含んだ、自転車に乗るという行為の新しい記録の仕方を、銀塩写真を用いて模索する。

このようなテーマを掲げて今月から月1ペースで記事を書こうと思う。今回は第1回として、ニエプスと自転車について少しばかり調べた上で、今後制作する作品の構想を軽く紹介したい。

自転車と写真、ニエプス

フランスの発明家、ニエプス(Niépce 1765〜1833)は写真の発明者として有名な人物である。彼はもともと教師であったが、フランス革命によって経済的困難に陥り、ナポレオンのフランス軍に入隊する。後に彼はニースの行政官に任命されるが、30歳で辞職し兄クロードと共に多くの発明を生むようになる。

ニエプスといえば世界最古の写真と呼ばれる、「ル・グラの窓からの眺め」であるだろう。日本を代表する写真家、森山大道も部屋に飾っているというこの写真は、銀塩写真を主題として作品を制作する筆者にとってもどこか神秘的で印象深いものである。新型コロナウイルスによるパンデミックが発生する直前の2020年2月にフランスに行った際には、この写真が撮影されたニエプスの自宅まで行こうとした。写真の歴史が始まった場所とも言えるその窓からの風景を、自分自身でも眺め、写真に納めたいと思ったからだ。残念ながら距離とスケジュール的に叶わなかったものの、死ぬまでには必ず行こうと心に決めている。

そんな写真技術の父であるニエプスは、他にも多くの発明品を残しており、その中には自転車(のようなもの)もある。ベロシペード(Velocipédè 意味=速い足)と名付けられたその乗り物は、ドイツで発明された自転車の原型と言われるものから着想を得て生み出された。ニエプスの発明品の大半は商用・実用までに至らなかったが、中でもこのベロシペードは、今でも認知されている物の内の一つである。

特徴として、ベロシペードは世界初の高さ調節可能なシートが取り付けられてある。当時ニエプスは地元でこれを乗り回し、話題になったという。残念ながらベロシペードは商業生産されず、やがてこの発明は世間にもニエプス自身にも忘れられていった。当時ニエプスは独自の内燃機関を研究しており、そのエンジンをベロシペードに積んでいたならば、50年早くバイクという乗り物を生み出していたかもしれない。

新たな記録方法

さて、話は少し変わりCritical Cyclingの活動について。新型コロナウイルスの蔓延を受けて、Critical Cyclingでは過去複数回「新型グループ・ライド」が行われてきた。私もこれまで可能な限り参加してきたが、その中で私は自転車にカメラを固定すること、そしてライド中に見える風景を映像として記録することについて考えてきた。

そもそも自転車に乗るという行為は、本質的には1人で行うものであり、行為に付随する体験(記憶として蓄積される風景の移り変わり、疲労、風、身体の動きなど)を他人に完璧に理解させることは不可能に近いと私は考える。だからこそ、新型グループ・ライドは自転車に乗るという体験を他人と共有しようとすることで、そのような自転車の根底にあるものをハックしているような感覚になれるので、とても楽しい。

自転車に乗る際に目に入る風景に着目する。ライド中の視点を映像として残そうとすると、自転車に乗っている間に変化し、その移り変わりと共に記憶の中に蓄積されていく風景を表現できない。映像とは、1秒間に数十コマの画像が切り替わっているものであるが故に、映像での記録は、本来ライドを通して一連の流れとして記憶に残ってゆく視覚的情報である風景を断絶的なものにしてしまう。

この違和感を解消できる記録方法を見出すために、筆者はライド中の風景を長時間露光を用いて撮影し、1枚の写真に収めようと考えている。長時間露光を用いることによって、ライドの中で移り変わる周囲の風景を重なっていくように記録できると考える。映像では断絶的になってしまうのに対し、自転車に乗るという行為のより継続的な形の記録を作ろうと試みる。

そして新型グループ・ライドなどで使用されているZoom、Zenlyといった電子的な映像や写真、情報ではなく、より物理的な形態での記録を残すために銀塩写真を用いる。これの他にも銀塩写真を扱う理由として、物理的な記録媒体(銀塩写真、カセットテープ、レコードなど)への筆者の持つ執着や、自転車と写真両方の発展に関わったニエプスへの敬意の意を込めていることなども挙げられる。

このような事を考えながら、銀塩写真を用いた自転車に乗るという行為の新しい記録方法を模索し、それを作品として制作・発表するというのがこの連載である。今回はここまでとする。来月は実際に制作していく作品について書きたい。

それでは、また。

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