晴れの国、岡山、3日目。戦争遺構の蒜山高原や森の芸術祭の県北部から南下。総社市で洋食ランチをいただき、デザートのパンを頬張ってから、お隣りの倉敷市の真備町に向かう。2018年7月の西日本豪雨の被害が大きかった地域だ。堤防が決壊して水位5メートル以上もの浸水にみまわれ、全壊した家屋も多く、死者は51人にものぼっている。その後6年経て、かの地を自転車で巡るわけだ。
まず、まびふれあい公園でバンから自転車を下ろす。優美な建物と広々とした芝生が美しく、休日を楽しみ人たちで賑わっている。そして路面が美しい堤防道路を走り出す。この辺りは氾濫した小田川沿いにあり、いずれも復興マネーで整備されたのであろう。やがて川沿いを離れ、田畑を抜ける。やがて市街地に入ると道幅が狭く、交通量も多くなる。自転車の安全に配慮した道路は少ない。
短時間ながら真備町の周遊では、水害の痕跡を感じることは少なかった。被災者が入居していた仮設住宅も撤去され、復興は完了したのだろう。それでも不自然な空き地が残っていたり、鉄道の高架支柱に洪水の高さを示すサインが掲げられていたりする。街中の小さな川も整備されており、真新しい綺麗な道路になると単純に嬉しくなる。災い転じて福となす、と言うのは不遜だろうか。
しかし、今回真備町を訪れたのは、災害復興を目指してサイクリング・コースを整備した話を聞いたからだった。サイクル・スタンドの寄贈やSNSでの発信なども民間ベースで行われている。レジャーとしてサイクリングを楽しむだけであっても、関係人口が増えることが発展に繋がるという考え方だ。これもまたダーク・ツーリングであり、復興のエッジ(境界)を拡げる取り組みと言える。

今回辿った真備初級者ルートは、倉敷市のサイトに掲載されている。周辺の観光スポットやグルメの写真を添えた紹介はソツがない。しかし、肝心のルートがマシン・リーダブルなKLMやGPXファイルとして提供されていない。森の芸術祭でもそうであったように、見栄え偏重の実態無視は如何にもお役所仕事であり、コース作りの熱意に報いていないと思えてしまう。
ともあれ、表面的には真備町は復興している。一方、災害の規模や社会的条件は違うとはいえ、能登半島の地震が数年で復興するとは思えない。福島の原子力発電所事故の収束は何十年とかかる。しかも、晴れの国、岡山と言えども、有史以来何度も水害が繰り返し起こっている。となると単に復興や防災だけでは捉えられそうもない。秋の気配が漂う薄曇りの空の下、ペダルを漕ぎながら途方に暮れていた。
(寄稿)人間の街、人間の自転車
記録的な豪雨に見舞われ、街が半壊した真備町を訪れた。 電車の駅は嵩上げされ、モノレールのように頭上を走り、災害の痕跡を街に刻んでいる。 区画整理された街には広場があり、町民の憩いの場となっているようだった。 復興の一環で整備された自転車道も例外ではなく、川沿いにはほとんど汚れていないコンクリートが敷かれていた。再設計された街は、次の災害への備えと、人々が住みやすい環境の両立を目指して改造されている。 まだ暑さが残る10月中旬の夕暮れ。ほのかに汗ばみながら、自転車で街を素早く快適に移動する。高い空に目をやりつつ、土嚢がいくつか積まれているのが見えた。 専用に整備された環境で自由に加速できる一方、自転車は災害時の移動手段としては適さない。この乗り物は、人間の身体の延長であり携帯可能なテクノロジーである。そんな論をうっすらと思い描きながら、人工的に整備された街を駆け抜けた。(志村翔太)



One comment