銀(塩)輪車 番外編⑨ リンツ自転車観察

自転車を通じて体験し得る事柄には、距離的移動、時間経過、身体的疲労、振動、風、空気抵抗、周囲とのコミュニケーションなどといった多くのものがある。これらを含んだ、自転車に乗るという行為の新しい記録の仕方を、銀塩写真を用いて模索する。

「銀(塩)輪車」第1回より

通常は上記のような目標を掲げながら、自転車と銀塩写真を掛け合わせることで新たな写真表現を探している本連載だが、今月は本連載のサブプロット的立ち位置にある「〇〇自転車観察」の内容でお届けしたい。これまでにロサンゼルスニューヨークなどから自転車観察をお送りしたが、今回はオーストリア・リンツの自転車事情を探ってきたので紹介したい。

どこにでも自転車

さて、筆者は今月の上旬にオーストリア・リンツにて開催されたArs Electronicaに参加することができた。その数日間の滞在期間の中で、まず気がついた大きなリンツの特徴として自転車の多さがあった。まず初めにそれを感じた点としては、ドイツ・フランクフルトからリンツまでの6時間弱の特急電車(ICE)の車内に多くの人が自転車をそのまま押しながら入ってきたところだった。

ICEに載せられた自転車たち

電車に限らず、リンツに到着するとトラムやバスは全てそのまま自転車を押しながら入れるようなスペースが確保されており日本よりも簡単に自転車プラス公共交通機関の合わせ技が使えるように街づくりが徹底されているのを感じた。

リンツの街の中心地

もちろん街中で自転車に乗っている人も多かったが、それに加えてリンツの街並みの中には多くの自転車置き場のような駐輪スペースが道端に設置されていた。これらには多くの自転車が雑多に置いてあり、放置自転車のような見た目のものは少ない印象だったと同時に、あまりにもどのスペースにもびっちりと自転車が停められていたために一体どのような人々がどれほど自転車に乗っているのかが気になった。

自転車の種類としては、マウンテンバイクのようなタイヤが太かったり、サスペンションの付いたような自転車が多いように感じた。これはやはり街中に多くの石畳の道があることや、様々な環境に適応できるような自転車が重宝されているように感じた。

Ars Electronicaの入口に並ぶ自転車たち
カーゴバイクも停まっている

他にも日本やアメリカなどでは見なかった特徴として、カーゴバイクのような特殊な形状あるいは特別な役割を持った自転車をちらほら目にすることがあった。これはやはり人々の日常生活において、自転車がただの移動手段だけではなく、拡張された他の役割も担うことでより密接に関わり合っているのだということを感じ取ることができた。

バイクキッチン

ひとつ、今回のリンツ自転車観察でとても印象に残っているのは、筆者が参加したメディア・アートの祭典であるArs Electronicaにも現地の自転車事情が組み込まれていたことだ。メイン会場であるPost Cityの入口付近に自転車がたくさん置いてあるエリアがあったのだ。工具や分解された自転車などを弄っている人が数人いて、筆者は最初に何か自転車を用いた作品に関する展示なのかと思って近づいたのだが、話を聞いてみるとどうやらこれは「バイクキッチン」というものであった。

入口から1番最初に目に入ってくるのが自転車だった

筆者の理解したバイクキッチンというのは、自らの自転車を誰でも自力で治せるようになることを応援するコミュニティのようなものだった。今回ブースにいたような自転車に詳しい方々が定期的に開催するバイクキッチンに人々は自分の治したい自転車を持ち寄り、そこで貸してもらえる工具などを用いて治し方を教わるのだそうだ。

自転車を持ち寄って治したり、談笑したりしていた

私はこのようなバイクキッチンというものにこれまで触れてこなかったが、とても良いアイディアだと感じた。自転車にはパンク等の故障が付き物であり、基本的に日本やアメリカではこれらは自転車屋さんに修理を任せるという形が一般的だ。しかしこれほど簡単に修理の仕方を誰もが教えてもらえる環境があれば、多くの利用者の自転車への理解と愛着が増すのではないだろうか。

バイクキッチンのステッカーを貰った

さて、今回はオーストリア・リンツでの自転車観察の結果を報告した。やはり自転車というのは単なる移動手段ではなく、それ以上の人々の生活感や地域の地理や特徴を大きく映し出してくれる興味深い観察対象であることを再確認できた。

既に筆者は帰国しているので、来月からは連載の本来の内容に戻る。それでは、また。

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