北海道で帯広を中心としたトカプチ40ツーリングの後はニセコに向かう。直線距離にして200km、自動車なら4時間、鉄道なら6時間、自転車なら18時間23分。それだけ距離が離れていることもあって環境や文化は大きく異なる。帯広は広大な平野を活かして大規模農業が盛んであるのに対して、山間のニセコは起伏が多く農業の生産性が悪いと言う。だがニセコは北海道はもとより国内有数のリゾート地だ。
それは極上のパウダー・スノウを求めて世界中の人が集まるからだ。広大なスキー場が整備され、高級なホテルやコンドミニアム、別荘が立ち並ぶ。お洒落なレストランやバーも数多く、街は異国のような雰囲気にあふれている。夏は比較的閑散としており、落ち着いた高原の避暑地といった趣き。この季節に筆者は何度か長期滞在したことがあり、周辺のライドは勝手知ったるところ。
今回はリズムベース・ニセコで自転車をレンタル。以前の店舗に加えて、2階建の大きく瀟洒な新店舗ができている。しかもSpecializedを中心に子供用からロード・バイクまで100台近い自転車が揃い、アクセサリーからメインテナンスまで完備している。初めて乗った電動アシストVado SLはすこぶる快適。ShimanoやBESVのように邪魔なディスプレイがないのが素晴らしい。
まずは羊蹄山を眺めながら、ニセコのメイン・ストリートひらふ坂を抜け、そのまま別荘地やコンドミニアム街を回る。次いで高橋牧場から坂を登ってリッツ・カールトン・リザーブをかすめる。ウィンター・スポーツの守護神アンヌプリの斜面には坐忘林やパークハイアット、近くオープンするアマンなど豪奢な宿には事欠かない。喧騒を避けて落ち着いた佇まい。一泊数万円からン十万円。
リゾート・エリアを離れると素朴な田園風景が広がる。山裾の終端であるニセコ駅まで下り、そこから有島へと上り、本通、近藤を抜ける。そして主要道である国道5号線を走り、ひらふ坂とは対極の清貧な比羅夫駅に立ち寄る。その後は再び別荘地を巡ってサンモリッツ大橋から国道5号線に戻り、最後は日本一の清流、尻別川沿いのサイクリング・ロードを楽しむ。
ニセコ・クラッシックやニセコHANAZONOヒルクライムなどの自転車レースが開かれるように、ニセコは自転車乗りにも人気が高い。起伏やカーブが多いものの、平坦で長い直線道路もあり、変化に富んでいる。観光地だからか雪国にしては道路は整備されており、路面の凸凹は少なく快適に走れる。もっとも自転車レーンや自転車向けの標識が少ないことが惜しまれる。
さて、ニセコはハイ・シーズンなら9割が外国人と言われるほど国際性が豊かであり、街並みも海外のリゾート地のようだ。実際にも長年にわたってオーストラリアや中国などの海外資本によって発展してきている。新型コロナウイルスで客足が途絶えて国内資本が萎縮する一方で、海外資本による投資や開発は止らなかった。そして規制終了後の今冬は空前の活況を迎え、今後さらに加速するに違いない。
つまり、ここは日本であって日本ではなくなりつつある。これは歴史の繰り返しかもしれない。思い出そう、ここは和人、つまり狭義の日本人ではなく、先住民族アイヌの地だった。ニセコもアンヌプリもアイヌ語だ。ひらふ(比羅夫)は飛鳥時代に蝦夷討伐を行った阿部比羅夫に由来している。以来、アイヌは隷属させられ、明治以降の北海道開拓と同化政策によってアイヌは衰退の一途をたどっている。
しかもニセコは環境危機と隣り合わせだ。原子力発電所「とまりん」からニセコまで僅か25km。そしてフクシマのみならず全国の核燃料廃棄物の最終処分場の調査を受け入れたのが近隣の寿都町と神恵内村だ。いずれも産業や財政が脆弱であることの裏返しだろう。ニセコは観光で潤っているとは言え、環境が変わって観光資源が乏しくなれば、周辺地域と同じように衰退する。
実際にニセコでも地熱発電の実証実験中に有害物質を大量に含む水蒸気が噴き出している。スキー場に隣接する森林であり、温泉地の大湯沼と小湯沼の近くだ。ヒルクライムよろしくニセコ・パノラマ・ラインを上ると数十メートルもの水柱が業火のごとく立ち昇っている。一時は川が白濁するほど汚染され、現在も噴出が止まっていない。観光や農業への影響も大きいに違いない。
ところで、ニセコに訪れる前に白老のウポポイ(民族共生象徴空間)に立ち寄った。失われつつあるアイヌの文化や伝統を伝える国立施設だ。そこでは他人事ではない喪失感が漂う。アイヌがそうであったように日本が存続の危機を迎え、日本の民族共生象徴空間が作られる。そんな未来が幻視されるからだ。その原因は海外資本かもしれないし環境破壊かもしれない。その予兆がニセコに現れている。