Dark Touring 03: トカプチ

7月初めに北海道に赴いた。空港に降り立った瞬間に笑みが浮かぶ。煌めく光と乾いた冷ややかな空気がに身体中の細胞が活性化する。短い夏の始まり、自転車に乗るには最高の季節。至高の大地。道は広く、地平の彼方へと続く。緑豊かな原野を抜け、海岸を走り、山に挑む。どこを走っても楽しい。なかでも帯広周辺はトカプチ400としてナショナル・サイクル・ルートに選ばれている。

このトカプチ400は、帯広駅前を中心に大きく8の字を描く総走行距離403kmのサイクリング・ルート。ところが、この走り方が難問。フルはもちろんハーフでもブルベ並みとなり、1日で走り抜けるのは凡人には無理。さらに半分の100kmなら現実的ながら、クォーター地点には適切な宿がない。トカプチ400の窓口に問い合わせても適切な宿はないとの返事。それでは計画の立てようがない。

レンタル自転車の予約にも苦労する。カプチ400の窓口である帯広駅前のエコバスセンターで「とかっちゃ」として数多く用意されているものの、それらは事前予約できない。これでは遠路遥々訪れるのに心細い。そこで予約可能であった郊外のショップANDOORを利用して、エコバスセンターにデリバリー。初日は電動アシストのクロス・バイク、2日目はアルミのロード・バイクをお願いした。

かくして自動車を併用しながら短めにコースをつまみ食い。名付けて「トカプチ40」。具体的には北部では旧国鉄士幌線、南部では旧国鉄広尾線の沿線を巡り、さらに絶景パノラマ・コースの狩勝峠に挑み、太平洋パノラマ・コースの海岸線も訪れた。気が遠くなるほど延々と続く平坦な直線道路が多いものの、山間部以外でも意外にアップダウンがあり、北海道の雄大さと多様性を味わうことになった。

道路としては幅が広く余裕があり、交通量も多くはないので走り易い。ただし寒冷地特有の路面の亀裂が多いのは辛い。また橋やトンネルなど道幅に余裕がない車道には、青い矢羽根マークが描かれている。帯広では自転車が尊重されるらしい。右折や左折を示すマークも小さく控えめながら、見落としても構わない。ここは試される大地であり、地平線を拡げる(Expanding Horizons)場所なのだから。

気楽な観光として夏の北海道は素晴らしい。だが、冬の厳しさや社会や産業の構造変化とともに過疎化と高齢化が進んでいる。古代ローマ遺跡のように儚く美しいタウシュベツ川橋梁を含む鉄道が廃止されたのは僅か数十年前だ。B級観光地化している幸福駅なども知らない人が多いかもしれない。浦幌炭鉱跡などの産業遺構やトイトッキ浜トーチカのような軍事遺構もいずれ地に還る。

一方、糠平湖畔の一部が遊歩道になっているように、廃線跡を転用すれば素晴らしい自転車専用道になっていたはずだ。それこそ本来のトカプチ・ロードと言えるだろう。交通にしろ、産業にしろ、単純に廃止したり、破壊するのはいただけない。昨年廃止になった旧日高線を自転車道として整備する構想があるように、未来に繋ぐ方策があるに違いない。

あまりにも広大で自然が厳しい北海道だから、急激に変化して、やがて痕跡も消えてしまう。十勝太遺跡群を訪れても、ただ深く緑に覆われた丘があるだけだ。ここにアイヌの人々がチャシとして砦を築き、和人と戦ったのかもしれない。夏の北海道で自転車に乗ることは快適極まりないだけに、史跡や遺構の裏側に隠された喪失にも思いを馳せたいと思った。

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