七月末から八月の頭まで、信州~甲州のバイクパッキングに出かけた。「きゃんつー集い」への参加の前後に単独の日程を足した、涼しさと未舗装路を求めての自転車小旅行。その三泊四日の行程をここに記しておく(末尾に旅装の簡単な説明も)。
一日目
夕食、買い出し、宿り
初日は輪行で日没過ぎに岡谷入り。諏訪盆地でも都内よりずっと涼しい。夜風を楽しみながら夕食へ。空の一角がたまに光るが、予報では天気は曇りのまま持つはず。行こうと思った食堂は早じまいしたらしく、その先のラーメン屋に吸い込まれる。マスターいわく前夜は土砂降り。夏には毎日のようにそういう雲が湧くエリアである。
食後はコンビニで買い物。店を出ると風に雨の気配あり。ポツポツきたところで宿りに転がり込み、辺りを潤す小雨を聴きつつ軒下で酒をすする。そう遠くないところで何か分からない生き物の高い声。
二日目
初期中山道
二日目は早朝から初期中山道へ。中山道の整備初期に存在した岡谷宿~木曽宿を結ぶ山越えルートで、険しさゆえに十数年後には本道から外されたらしい。昨年の夏に木曽側から牛首峠~小野宿~枝垂栗付近まで走ったので、今回は残りを岡谷側からやることにした。
岡谷側の三沢地区から三沢峠/小野峠までは3キロに満たない程度。峠側の約2キロが未舗装だ(辰野町が公式サイトに写真つきの道順案内とマップデータを載せていて分かりやすい)。かつての道と現存する道は全く同一ではないようだが、大まかにでも、420年前に人々や牛馬が通った経路をなぞるのは面白い。
古い街道を自転車で登る。山の木立の中に、無数のヒグラシの声が絶え間なく響く。降り注ぐのではなく水平に滑っていくメロディーの度を超した多重奏は、山が丸ごと夜から朝へ移っていく音、とさえ感じられる。
王城枝垂栗線
三沢峠/小野峠で舗装路へ出てすぐ左手の砂利道に折れると、道は枝垂栗の展望台に続く。櫓の上で休憩しつつ朝の信州をひとしきり見渡す。さて再出発、というところに一台の車が現れ、三頭の犬を連れた方が散歩に降りてきた。短い交流と情報交換の後、自分は辰野方面へ。
展望台の道をそのまま進むと林道王城枝垂栗線に入る。全長10キロ強、うち山側の8キロ程度は快適なグラベルだ。薪炭林としての利用がメインだったのだろうか、落葉広葉樹の多い明るい山で、「茸山につき立ち入り禁止」といった看板が道脇に点在する。紅葉の時期もいいだろうな。
天竜川~三峰川(辰野~高遠)
林道を下り切ると伊那谷(伊那盆地)の北の玄関口である辰野に出る。そこからは天竜川を辿る形で伊那へ。基本的に舗装路を選ぶしかないが、川沿いの管理道なら車の入れない区間が多いのでのんびり走れる。途中いくつか庚申塚あり。
伊那からは天竜川に注ぐ三峰川を遡って高遠へ東進。堤内地のへりに沿ってしばらく続くグラベルが快かった。陽が高くなっていよいよ暑さが厳しくなる中、高遠に到着しランチで一息。同じ食堂にいたカワサキ乗りの方と駐車場で少し話した後、直売店で地物のプチトマトとズッキーニ、しめじ、プラム、向かいのスーパーで紙パックの地酒と県内産ソーセージを購入。
市道高嶺線
高遠からは中央構造線に沿って再北上、板山露頭に寄って市道高嶺線に乗る。手前のトンネルに入るところで、ママチャリに乗った手ぶらの男性とすれ違い驚く。高嶺線は約16キロ、大半は未舗装だ。概ね小粒の締まったグラベルで、傾斜が急なところもあまりないが、北向きは登り基調なので体力を削られる。林の中の涼しさがありがたい。それでも水は確実に減るし、尾根筋では沢水も期待できない。無理はせず、土地と道を楽しみながら長い夏の午後をたっぷり使った。
きゃんつー集い合流
キャンプ地に着いたのは17時頃。久々の夏期「きゃんつー集い」は、流行病の拡大も気にかけてひっそり小規模に開催された。基本は変わらず、現地集合でルートは自由、それに適した装備で自己完結できていればOK。野辺山から林道と麦草峠で八ヶ岳を越えてきた参加者もいた。自分は当初O峠とN峠を続けてやろうかと思っていたものの、日程、天候、体力、医療インフラの余裕のなさを考えて別案を採ったのだった。各々に夕食を作って腹を満たし、日頃のこと、道や山のこと、あれこれとりとめのない話をして眠った。
三日目
林道を繋いで山から下る
三日目はきゃんつー集い参加者の面々とサイクリング。5時前には空の明るさとウグイスの声などで目が覚めてしまう。一人二人と寝床から這い出してきて朝食、寝床の撤収、荷造り。大体この流れの中で互いの装備を観察してそれいいね、みたいな話になる。
キャンプ地を出てまずはちょっとヒルクライム。朝は気持ちはフレッシュだが、足腰はすぐに昨日の疲労の蓄積を知らせてくる。峠からは未舗装のダブルトラック林道に入る。楽しく下っていくも、やがて草が深くなってきて行き止まりと判断。引き返して迂回する班と、別の林道への踏み跡を徒歩(担ぎ)で辿る班に分かれた。
担ぎルートはすぐに終わり、開けた快適なグラベルに出る。これを数キロ味わい、里へ下る方向の枝道に折れる。分かりやすく斜度がついて、路面もややガレに。とはいえ崩落や激しい倒木もなく、集中していれば問題ない。・・・と思っていたが、途中からは沢水が流れる川床林道状態になった。ウェットなので下生えも多く、そのふわっとした覆いの陰に拳サイズの石がいくつも転がっている。自分の車体のリムブレーキでは握りっぱなしでないと十分に減速できず、しかし握り込んでいると身体が固まって突き上げをいなしにくくなる。加えてトゲ植物のつるも伸びている。色々な声を出しながら、大過なく切り抜けた。
宮川の谷と八ヶ岳の裾野
迂回班と合流、舗装路をちょっと行くと間もなく里に抜ける。陽射しは強いが湿度は高くない。谷の反対側に八ヶ岳が聳え、その背後に白い雲が育っている。甲州街道まで出てコンビニで補給、そこから見えた宮川のグラベルを走ってレストランでランチ(ナポリタンが名物らしい)。腹を満たした後は八ヶ岳の裾野に上がり、これをなぞる形で小淵沢方面へ向かう。信州とはいえ、真っ昼間、標高のそう高くないところの日向は暑さがこたえる。信玄棒道を通ろうと提案し皆も最初は賛成していたが、段々と帰りの輪行などを意識して気もそぞろになるメンバーが増え、小淵沢アウトレットで解散となった。
七里岩ラインで須玉へ
八ヶ岳の裾の端、韮崎まで伸びる舌状台地をゆく七里岩ラインが好きだ。韮崎から輪行するという三人と小淵沢アウトレットを発ち、この道を一緒に走ることになった(ただし一人は固定コグ破損ですぐに離脱)。高原地帯をゆく県道は交通量も多くなく、下り基調の中の緩やかなアップダウンのリズムが気持ちいい。フロウを中断させるのが嫌で、写真を撮る気にもならない。長坂まで一気に駆けて仲間と別れ(日野春まで行けばよかった)、須玉の町で買い出しをした。
中継地が終着地に
元々の計画では、翌日は補給ポイントの少ない山のグラベルを走ることになっていた。これを実行するなら、食料は軽量コンパクトですぐにカロリーを摂れる品を選ぶべきである。だが自分は最初に入ったイオン系スーパーで「地物がほとんどない」ことに戸惑い、ウロウロしたあげくGoogle Mapsの検索ワードを変えて近くの直売店に移動した。足と胃のどちらでどれくらい土地を味わいたいのか、モチベーションの軸が定まらなくなっていたのだ。
須玉は須玉川と塩川の流れる谷にある。予約を取ったキャンプ場は茅が岳の方にある。平均斜度10%のこのヒルクライムで(後で計算してみて分かった)、既に怪しかった翌日の計画は完全に吹き飛んだ。疲れがたまって前に進まない。区間によっては押し歩きの方が楽で速い。途中にある日帰り温泉も、寄っている時間はないし再び汗だくになるのでパスすることにした。何度も足を止めて振り返る。農場が広がる高原の見晴らしは素晴らしく、富士方面から南アルプス、八ヶ岳までが一望できた。
夜の雷雨
キャンプ場はかなり設備の充実したところだった。スタッフの対応もフレンドリーかつプロフェッショナル。シェルターを張った後に管理棟でシャワーを浴び、焚火台を借りて薪と鹿肉ソーセージと燃料用アルコール(尽きていたのに須玉の町では補充を忘れていた)を買った。サイトに戻って焚火、夕食。夜食か朝食に、と思って茄子を切りながら「結局のところソロで消費できる地物はワンパターンになるな」などと考えていると雨が降ってきた。
雨は次第に強くなり、フロアレスシェルターの外縁からは跳ね返った水が中に入ってきた。グラウンドシートを折り返して陣地を縮小すると、その下に水溜まりが生じ始めている(設営場所の選定も甘かった)。細い薪で地面に排水路を掘り、確実といえそうな寝床をどうにか整えて炊事場に一時避難。空が光って雷鳴も轟いていたからだ。天候が落ち着いてシェルターに戻ったのは日付が変わる頃。照明がずっと点いている炊事場ほどではないが、自分のシェルターにも虫がやってきて、小枝かと思えばミミズ、という場面もあった。隣人と同居人の線引きの必要性を確信した夜である。
四日目
昼までキャンプ
最終日である四日目は、とにかくのんびり過ごすことにした。チェックアウト期限の正午までキャンプ場に留まり、道具を乾かしたり食材を腹に入れて減らしたり。焚火も前夜は雨で中断となったので、薪を全て燃やすにはどのみち時間がかかる。
温泉施設でダラダラして撤収
キャンプ場からチェックアウトしたら、前日に行けなかった近くの温泉施設へ。まだ空いている時間帯で、南アルプスを望む浴場は15分くらい貸し切り状態だった。上がってまず休憩室、それから別棟の食堂であご出汁ラーメン。午後の暑い盛りをここでやり過ごして谷へ下り、塩川に沿って韮崎へ。そして夕方の特急で、この甲信の旅に区切りをつけた。
振り返っての所感
流石に草臥れた、というのが直後の第一の感想だった。連日もっとガンガン走れる力があれば。しかし真昼の暑さや日焼けによるパフォーマンスの低下もあった。究極的には、もっと日数をとって柔軟にやれば余裕のあるバイクパッキングが楽しめるはずだ。またバイクパッキングといっても、その晩キャンプするかどうかはやはりルート面での必然性や休息日、どんな食事をしたいかも考慮して決めるのがいいだろう。諏訪湖エリア、伊那谷、八ヶ岳山麓。甲信エリアの美しさは、改めて強く記憶に刻まれた。次の旅のイメージはもう膨らんでいる。
旅装について
今回の夏期バイクパッキングに出るにあたっての自分の旅装は、かなり真面目に考えたものだ。基本ポイントは軽さと使い勝手の両立。自己採点では85点くらいだろうか。完成度は高いが、改良の余地はまだまだある。
- 車体:Le Mansスポルティーフ改
- フロントラック:寝床用のマット(Evernew FP mat 100×2)を用いたハーネスを設置し、通常の走行時は15Lのリュックをジップサックに格納。リュックを出して背負えばジップサックに食料がたっぷり入る。ソーラーパフも取り付けて充電。ただジップサックは悪路で地味にズレがちだった。
- 15Lリュック:常に入っているのはレインジャケット、レインショーツ、レッグカバー、シュラフカバー、蚊帳、ドライバッグに入れた衣類(化繊タンクトップ、ハヲリモノ octa、替えの下着、防水靴下、メリノ靴下)、水濾過キット、救急用品、化粧品、充電関係。ボトルも挿せる。必要に応じて背負う。
- フォーク横:ダイアルで絞め込めるArundelのLooney Binにボトルを挿して使用。
- トップチューブバッグ:虫除けスプレーと塩タブレット。
- トライアングルバッグ:スリップメスティンにまとめた調理・食事キット、アルコール、シェルターのペグ、携帯ポンプ、携帯工具、他(補給食やゴミ、手袋など)。
- ダウンチューブダボ:Wolf Toothのストラップマウントを用い、シェルター本体の入ったスタッフサックを固定。自転車を担ぐ際に脇腹に当たっても柔らかい物なので痛くない。
- ダウンチューブ下:Wolf Toothのポンプバッグに予備チューブ2本と修理用具を収納。
- シートチューブ後ろ:シェルター用の伸縮ポールをくくりつけた。
- サドル後ろ:輪行袋として使えるグラウンドシートをスタッフサックに入れてくくりつけている。テールライトも一つはここに装着。
- 他:ハンドルバーに熊鈴(消音できるタイプ)。
- フロントラック:寝床用のマット(Evernew FP mat 100×2)を用いたハーネスを設置し、通常の走行時は15Lのリュックをジップサックに格納。リュックを出して背負えばジップサックに食料がたっぷり入る。ソーラーパフも取り付けて充電。ただジップサックは悪路で地味にズレがちだった。
- 服装
- 上半身:風が抜ける速乾性の長袖Tシャツ。日除け虫除けになり、暑さが勝れば腕まくりも容易。ややゆったりめの方が虫の攻撃が貫通しにくい。色は明るめの方がダニ等を発見し易い。
- 下半身:通常はショーツで、特に虫が気になるところではレッグカバーを装着。
- 履き物:足を保護しつつ涼しさも得られるサンダル。状況に合わせて靴下も履く。
- 他:ヒップバッグにカメラ。