Rhizome Cycling

本稿は、IAMAS修士1年を対象に開講された授業であるデザインエンジニアリング演習での制作課題から生まれた、シェアサイクルのデータビジュアライゼーション作品の紹介である。

人々の移動手段の変化は、人々の生活を大きく変容させる。近年導入が加速するシェアサイクリングは、人々の移動、ひいては生活を現在進行形で変化させている存在だろう。ではそれは、一体どのような変化であり、そしてこれから先どのような可能性を見出すことができるのだろうか。私たちはバイクシェアリングサービスによって提供される自転車が「他のステーションに乗り捨てできる」という性質から、近傍のステーションとの関係性に着目して、シェアサイクルのステーションが動機づける移動のしやすさ、流動性を数値化した。そしてその数値が異なるさまざまな地点においてどのような利用がされるのか、またどのような可能性が見出されるのかについて想像を膨らませられるような、身体性を伴うインタラクティブ体験を制作した。地図上で確認するような遠いところから眺めるデータビジュアライゼーションではなく、自分の身体感覚とともに、一人称視点で捉えられるような体験を目指している。

以下の動画は、体験者が自転車に乗りながら鑑賞する画面である。体験者は自転車に乗ると、日本全国に点在するシェアサイクルステーションのうちどこかを起点としたサイクリングが始まる。ペダルを漕いだ分だけ、そのステーションからあらゆる方向に移動した場合の移動経路が表示され、他のステーションに到達するとそのステーションが新たに白い点として表現される。また動画の中盤からカメラが切り替わるが、この白い点は地図の平面を飛び出して高さ方向に浮上していることがわかる。この「高さ」で表現されるのが上で説明する「流動性」である。俯瞰してみるとこれらの点が緩やかな傾斜を織り成しており、近くにたくさんのステーションがあるエリアが山の頂点付近にあり、少ないエリアが裾野を成す。このようにしてみると、シェアサイクルの導入が移動における新たなヒエラルキーをもたらしているように感じ取れて面白い。

作品に対する反省

しかしこの記事を公開する場は「作品をより良く見せるための場所」ではなく研究の場であるとするのなら、作品の評価についてはより慎重に、そして反省点についても正直に言及する必要があるだろう。

本作品は「データビジュアライズ」の体をとっている以上、伝達方法には慎重になる必要があるのだが、制作過程の中で専門家の知見を仰ぐことができず、また可視化の根拠となる資料も十分に用意できなかったことは反省すべき点だろう。先に触れた「流動性」についても、実際に人々の移動のログをとったわけではなく、あくまで「近傍にどれくらいのステーションが存在しているのか」ということのみを評価しているので、実際近傍に多くのステーションがあるからといって、実際に近傍のステーション同士で相互の移動が多く起こるということは保証されない。また、移動先のステーションに駐輪できる空きがない限りは乗り捨てができないので、使用状況による事情も相まって移動が阻まれることもあるだろう。

今後このビジュアライゼーション、ないしは同じ方向性の異なる作品を構想する上では、この点について明らかにし、より実情に近い可視化が求められるだろう。(せっかくの機会なので、この記事を通して有識者の意見をいただけると嬉しい。)

今後の展開

今回の作品に用いたデータは、ドコモ・バイクシェアおよびHELLO CYCLING社が提供するオープンデータであり、このデータが公開されたのは今年、2022年の7月と比較的新しい。またこれらのデータはバイクシェアリングのデータの共通フォーマットであるGBFS形式(General Bikeshare Feed Specification)が採用されている。これに関連する、公共交通機関のオープンデータを記述するフォーマットであるGTFS形式(General Transit Feed Specification)が策定された際の動機を振り返ると、興味深い記述がある。

2005年、私はオレゴン州ポートランドの公共交通機関、トライメット(TriMet)で地理情報サービスのITマネージャーをしていた。その年の初め、旅行をしていた私は、慣れない町で目的地まで公共交通機関を使った行き方を探すというのはとても大変だということに気付いた。これは、異なる種類の交通機関を利用したり地域をまたいだりする場合に特にそうだった。当時はインターネットの地図サービスを使って車での行き方を検索する方がはるかに簡単で、私は恐らくそれが、公共交通よりも自家用車が利用される原因になっているのではないかと思った。

トライメットでの仕事の中で、私は毎日交通データを扱っていた。だからそういうデータの利用は可能で、可能性はそこにある、ということは分かっていた。多くの交通機関がそうであるように、トライメットも、自社のホームページで乗換検索ができるようになっていた。しかし問題は、一般の人はこういった情報がどこにあるのか分からないということだった。特定のウェブサービスを使って車での経路を検索することは一般に普及していた――当時はグーグルマップ、マップクエスト、ヤフーが広く使われていた――しかし公共の交通機関を利用した移動を計画するのに必要なデータは、そういったサイトにはなかった。

(著者: ビビアナ・マッキュー (Bibiana McHugh), 翻訳: 孕石直子)

公共交通機関のオープンデータを作成し、それを共通フォーマットによって記述するといった動向の背景には、こうしたマップサービスとの連携によってさまざまな移動手段の利活用を促進する、といったモチベーションがあることが窺える。今回のバイクシェアについての共通フォーマットでのオープンデータ化も例外ではないだろう。しかし電車やバスといった公共交通機関と自転車が大きく異なるのは、決まりきったルートを運行するのではなく、自分自身が移動に関与できるという点だ。つまりある目的地に移動するための手段としてのシェアサイクルのみならず、移動そのものを目的とするシェアサイクルの発展可能性もあるのではないか、と考える。

今後の展開として、そうした「移動体験」に基づくシェアサイクルのエンターテイメントとしての可能性に着目し、ギャラリーの中で展開される閉じた作品ではなく、マップサービスとの連携などを通して人々の生活に関与できるようなアプリケーションへと発展させていきたいと考えている。

参考文献

McHugh, B.: Beyond Transparency: Open Data and the Future of Civic Innovation, Chapter Pioneering Open Data Standards: The GTFS Story, pp.125-135, Code for America Press (2013).

伊藤昌毅,孕石直子:オープンデータ標準を作る: GTFS物語,http://qiita.com/niyalist/items/5eef5f9fef7fa1dc6644 (Jan. 2017)

本記事はIAMAS修士一年山岸奏と協同執筆である。 https://ymgsknt.vercel.app/work/rhizome-cycling

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