名古屋のサイクル・ギャラリー・ヤガミは、個人所蔵の大規模な自転車コレクションで、その内容は「世界の自転車ミュージアム」なる写真集を通してのみ、伺い知ることができる。このギャラリーは既に閉館しており、見学ができないことは以前の記事に記した通りだ。だが、そのコレクションの一部が東京で展示されている。わずか1ヵ月間の会期で、その終盤になって、ようやく伺うことができた。
この展覧会は「自転車博覧会2017 自転車とモード展〜門外不出のヤガミ・コレクション」と題され、外苑前の伊藤忠青山アートスクエアでの開催。こじんまりとした会場には十数台の歴史的な自転車とともに、同時代の女性と自転車を描いたポスター、そして明治から昭和初期の自転車が登場する東京の名所の錦絵が展示されている。いずれも今日では馴染みのないものばかりであるだけに、詳細な解説が付けられているのが有り難い。
実際の展示では、書籍の写真で知るのみであった数々の自転車の実物に接して、感慨深く感じる。例えば、モノ・サイクルの直径2m近くありそうな車輪の巨大さに驚くとともに、どのようにバランスを取るのか実物を見ても理解に苦しむ。また、空気入りタイヤを備えない初期の自転車は、いかにも無骨であり、ボーン・シェーカー(骨ゆすり)とも呼ばれた乗り心地を試したくなる。
一方、自転車の原型でペダルがないドライジーネ(ホビー・ホース)や、誰もが古い自転車として連想するであろうオーディナリー(だるま型自転車)は展示されていない。逆に、白いグラス・ファイバー製で近未来感溢れるスペース・ランダーや、戦後に廃材となった航空機用ジュラルミンを使った十字号など、興味深い自転車が展示されている。点数が限られる展覧会として絶妙の選択であろう。
また、展示されている自転車と自転車の間を縫うように、同時代のポスターが壁に掲示されている。これらには当時の自転車と女性の世俗的な状況が描かれている。さらに前述の図鑑「世界の自転車ミュージアム」にはなかった錦絵とともに、当時の女学生の羽織袴と女性用自転車も展示されている。自転車が近代的行動様式である以上に、女性にとっては自我開放の強力な手段であったことが分かる。
なお、展示の最後には、明らかに今日的なデザインの自転車が4台展示されている。それまでの展示とは趣きが違うので混乱するが、これらは東京サイクルデザイン専門学校の学生作品。200年とも言われる自転車の歴史が、現在も進行形であることを伝えている。社会問題の解決であったり、新しい機能性の追求であったり、それぞれ作者の意図がストレートに現れているのが興味深い。