「世界の自転車ミュージアム」は、名古屋のサイクル・ギャラリー・ヤガミに展示されている自転車と関連する収蔵品を紹介するオールカラー図鑑。1817年のドライジーネはないものの、1819年のホビーホースや1839年のマクミラン(レプリカ)など錚々たる歴史的逸品から、1960年代のモールトンや1970年代のビッカートンまでの多種多様な自転車が収録されている。
自転車は、初期のオーディナリー(だるま)型を経て、1885年のセーフティ型で機能的およびデザイン的完成を迎える。だが、常に異型の試みがあったようで、例えば1895年にフランスで作られたモノ・サイクルは、横にシートがある巨大な一輪車で、どのようにバランスを取るのか見当がつかない。トライク(三輪車)、二人乗り、四人乗りなどにも、不思議な構造の自転車がある。
極端なまでに装飾性に情熱が注がれた自転車も楽しい。映画「ピーウィーの大冒険」に登場する自転車の原型とおぼしきSchwinnのホーネットや、これまたB級SF映画の小道具じみたレトロフューチャーな流線型デザインのBowdenのスペースランダーなどは、誰もが一度乗ってみたいと思うだろう。このような自転車の収録数は少ないが、実際にも生産は少なかったことは想像に難くない。
実際の自転車の他にも、自転車が描かれたポスターや切手、それにバッジやワッペンなどのグッズも数多く収録されている。ポスターは、いくつかの観点から整理されており、例えば、自転車と女性が描かれたポスターでは、アール・ヌーヴォー期のロングドレスの女性は、横に立っているだけで、自転車に乗る気配もない。だがやがて、女性は自転車にまたがり、次第に衣服がシンプルになる。
このように貴重で多様な自転車と関連品が収録された書籍だが、その編集は必ずしも良くない。自転車の収録は年代順のようだが、少なからず混乱している。写真ごとのキャプションは名称や製造年程度で、解説文がないので理解に苦労する。写真撮影や背景のマスキングは技術的に素人レベル。ただ、国産自転車メヤム号の考証やゲスト・ライターによる自転車切手の論考は、読み物として充実している。
本書の最終ページには、サイクル・ギャラリー・ヤガミの写真があり、大量の収蔵品が整然と展示されている様子が伺える。だが、見学予約のために電話をしたところ、しばらく前から閉館しているとの返事。自転車輸出会社の創業者で、これらの自転車を収集した八神史郎氏が高齢となり、運営が困難になったそうだ。今も名古屋の一角では、膨大なコレクションが静かに主の帰りを待っているらしい。