2017年4月9日より6月4日まで開催されている「自転車の世紀―誕生から200年、新たな自転車の100年が始まる―」展に出掛けた。会場はJR茅ヶ崎駅から徒歩数分、緑豊かな公園の中にある茅ヶ崎市美術館。日本では初めてと思われる本格的な美術展であり、2004年(平成16年)に「ちがさき自転車プラン」を制定するなど、先進的な都市施策を展開している茅ヶ崎にふさわしい展覧会だった。
美術館のエントランスでは、茅ヶ崎在住のサイクル・アーティスト谷信雪氏の手になるオリジナル自転車が迎えてくれる。特に、羽根付き自転車は本展のための新作だそうで、優美な白い翼と経年劣化した車体の対比が印象的。実用性は無いだろうが、一方で障害者のための車椅子や、災害時利用も想定した貨物自転車が傍らに置かれており、単なる美術品に留まらない作家の志向が現れている。
さて、本展示の第1部は自転車の歴史。その起源とされる1817年のドライジーネは展示されていないが、ミショー型、オーディナリー型、セーフティ型、そして近年のロード型へとコンパクトに発展を辿る。また、イギリス空挺部隊の軽量な折畳自転車の無骨な機能美の一方で、「パリの宝石」と称されたルネ・エルスのロード・レーサーと、その影響を受けた東叡社のツーリング車が美麗さを競っている。
第2部は「描かれた自転車」と題して、19世紀末アール・ヌーヴォーのポスター、明治時代の錦絵、ルネ・エルスのカタログ、フランク・パターソンのペン画などが並ぶ。なかでも腐女子・中二病患者の垂涎は「弱虫ペダル」の複製原画だろう。原寸大の大判原画は迫力満点。自転車は乗ってナンボが基本だが、実物の静態展示どころか、絵画としての自転車は美術館ならではの取り組みとして興味深い。
続く第3部では日常・ビジネス・ファッションにおける「自転車の活用」が扱われる。ここでは子供用自転車もあればカーゴ・バイクもあり、災害時の活用に焦点をあてたリキシャタンクもある。衣服は、第1部でのレース用ジャージとともに、ゆるふわコーデやツイード系テーラードなどが並ぶ。空力特性や軽量性は心もとないが、自転車同様ウェアは着てナンボ。実際に羽織れないのが残念。
最後の第4部「モビリティの未来」は、安全・エコ・高齢者社会への考察。ここでの展示は、マホガニー製の木製自転車から電動アシスト自転車、そしてサイクリング用ディスプレイに至るまで多岐に渡る。現在進行形の課題を扱うだけに議論を呼ぶに違いない。筆者個人としては自転車の電動化、スマート化、共有化を深く知りたいと思った。これらは自転車の本質に迫り、未来を変えるはずだ。
このように「自転車の世紀」展は充実した展示内容であり、刺激的な問いかけを行っている。先日訪れたヤガミ・コレクション展とも、昨年ロンドンの「Cycle Revolution」展とも異なる切り口であり、美術展としてのスタンスが興味深い。また、自転車工房の見学やサイクルキャビン(三輪タクシー)の体験乗車なども企画されている。展覧会のカタログも充実しているので、来場時にはマスト・バイ。
とこで、茅ヶ崎は湘南海岸の西部にあたり、サーフボードを横に固定して走る自転車やオートバイが行き交う。海岸近くの国道は交通量が多いが、その南にサイクリング・コースが整備されている。海を見ながらノンビリと自転車を漕ぐのは楽園気分。古くは加山雄三に始まり、サザンオールスターズやTUBEなどの能天気サウンドが聞こえてくる。海に入っていける自転車が欲しくなる。