世界最古!江戸時代の自転車

世界最古の自転車と言われるドライジーネは1817年に製作された。ペダル式なら1839年のマクミランだ。ところが、それらより100年ほど前の1732年(亨保17年)に日本で自転車が発明されたと言う。今から300年近くも昔、江戸時代の半ば、将軍吉宗の時代だ。しかも、その設計図が残っており、復元された車両まであるらしい。それらを収蔵する滋賀県の彦根市立図書館に出かけた。

まず、近くの市民会館に保管されている江戸時代の自転車、新製陸舟奔車(しんせいりくしゅうほんしゃ)の復元車を見学。その名にあるように小さな舟に他ならないが、その姿に衝撃を受ける。木製の車輪が3つ付き、T字型の取っ手もある。覗き込めば下駄やロープがしつらえてある。いずれも馴染みのあるものばかりだが、それらが有り得ない結合をする。作者は江戸時代のロートレアモンに違いない。

さらに館内での試乗。下駄に足を入れて、立ち漕ぎをすれば前に進む。慣れれば、かなりの速度が出そう。反対に回せば後ろに進む。これはペダルと車輪が直結しているクランクからで、下駄がビンディング的な役割を果たして効果的。取っ手はハンドルで、通常とは逆の方向に回す。滑りやすい床材のせいか、実際に曲がるのは難しい。しかし、漕ぎ方や乗り心地は、想像していた以上に滑らかで楽しい。

次いで図書館に移動し、会議室に案内されて古文書「新製陸舟奔車之記」の写しを閲覧する。経年劣化した実物は既にデジタル化されており、鮮明な紙焼き写真が供される。これは彦根藩藩士の平石久平次時光(ひらいし・くへいじ・ときみつ)の著で、自ら制作した新製陸舟奔車の形状や機構を記録している。今日の設計図のような精緻な図版ではないが、どのような仕組みであったかを理解するには十分だ。

新製陸舟奔車之記は大須賀和美氏によって1983年の「日本自動車史の資料的研究 第7報」に収録され、自動車の元祖として考察されている。一方、梶原利夫氏が2003年の産業考古学会総会で「1728~1732年のわが国における自転車の発明」と題し、自転車として位置付ける。これらの研究を元に2003年にテレビ朝日が復元し、番組制作後に寄贈したのが、試乗した復元車とのことだ。

また、新製陸舟奔車之記には、先立つ1729年に製作された四輪の千里車、それを改良した三輪の陸船車の概要が記載されている。千里車は現在の埼玉県本庄市の農民、門弥の発明で、将軍吉宗にも献上された。これを改良した陸船車は1930年に京都竹本座の見世物として評判になっていた。陸船車の外観機構は、当時のカラクリ解説書「拾珎御伽璣訓蒙鑑草」にも掲載されている。

これらの評判を聞いた久平次は、実物を見る機会がないまま、独自の創意工夫で新製陸舟奔車を完成させたと言う。千里車と陸船車は、小型の水車に似た歯車を足で踏んで推進力を得る。これに対して新製陸舟奔車はクランク・ペダル方式であり、効率化と小型化に貢献した。また、千里車は方向転換ができなかったが、陸船車はハンドルを備え、新製陸舟奔車に引き継がれている。

これらが自転車なのか自動車なのかは、議論が分かれるらしい。だが、両者が乗り手自らの力で移動する乗り物であった点に注目したい。なぜなら、車輪は数千年前に発明され、牛や馬が引く荷車や戦車として使われているが、近代に至るまで人が自らの力で移動することはなかったからだ。しかも、鉄道や自動車の後になって、ようやく自転車が登場する。

西洋では1760年代に始まるイギリス産業革命や1787年に勃発するフランス革命によって、自立した個人と市民社会が生まれる。そこで初めて発想されたのが、自らの力で移動することだった。ところが、新製陸舟奔車や陸船車は100年ほど早いだけでなく、極めて保守的な封建制が敷かれ、鎖国によって世界から隔離されていた江戸時代に作られている。停滞した時代に生まれた独創的な発想に驚く他はない。

しかし、この革新的な創造物は世に広まることはかった。何しろ、質素倹約を重んじた享保の改革の頃、新規法度の幕府のお触れによって新しいことが禁止されていた時代だ。やがては忘却の彼方へ押しやられてしまう。それでも久平次が記録を残し、それが消失することなく今日に伝えられたのが奇跡だ。個人の自由が認められない時代に、個人の自由を象徴する自転車が作られたことに敬意を表したい。

なお、彦根では駅前の「めぐりんこ」でレンタル自転車を借りた。偶然にもスタッフの方が新製陸舟奔車を2007年に再復元した市民グループのメンバーとのことで、図書館はもとより、周辺のライドまで案内いただいた。また、図書館のスタッフの方々には、復元車の試乗から多数の資料の提示、そして新製陸舟奔車の研究から久平次の逸話に至るまで詳細に説明していただいた。改めて感謝申し上げます。

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