Cycling Edge 03: Apple Vision Proに周辺視野を

すでに実践したようにApple Vision Proは高品質な映像の鮮明さと低遅延において、あらゆるHMDのなかでもっともサイクリングに適している。ただし、速度によってアプリの表示が抑制されることと、目の周囲が覆われていて周辺視野が得られないことが問題になる。このうち今回は周辺視野に取り組む。Apple Vision Proによるサイクリングの限界(エッジ)に挑むわけだ。

人の視野は左右の眼を合わせて180度以上あるものの、文形や色を明確に捉える中心視野は僅か5度しかなく、その周囲のものを識別できる有効視野は60度ほどだ。これを超える範囲は周辺視野と呼ばれ、朧げにしか見えない。しかし人は周辺視野によって周囲の状況を捉えており、危険を察知することができる。しかも周辺視野は反応が早く、反射的な動きを可能にし、スポーツなどの運動に必要不可欠だ。

ヒトの視野とApple Vision Proの視界(赤い点線内)
Wikipediaの図Hypervisionの情報を追加

ところがApple Vision Proの視野角は100度程度(片側50度程度)なので、周辺視野の大半には及ばない。このためにApple Vision Proを着用すると周囲の状況が分からず、動き回ることに不安を覚える。自転車に乗ることはできても、横からの人やクルマの飛び出しに気づかない。これではとても安全な走行はできない。そもそもAppleは走ったり、クルマを運転しながらの使用は禁止している。

人の行動において周辺視野が重要なのは間違いない。ならば周辺視野を取り戻そう。Apple Vision Proで視界を制限しているのはライト・シールと呼ばれる覆いだ。これは簡単に着脱できるので、取り外せば周辺視野が得られる。映像も問題なく見える。もっとも手で支えていては安定しないし、自由に動けない。そしてすぐに手が疲れてしまう。ともあれ、ライト・シールが必要不可欠ではないことは分かった。

そこでダーティー・プロトタイプとして、側面に穴を開けたライト・シールを作る。このためにApple Vision Proの3Dモデルからライト・シールを取り出す。そして3Dプリントのためにスライスする。これで好都合なことに上面、側面、下面それぞれに大きめの空洞が生じた。ライト・シールの側面は薄い布地であり、3Dプリントできないので無視されたのだろう。

実際の3DプリントはAnkerMake M5を用いた。昨年の発売時には従来に比べて5倍速を誇っていたが、それでも4時間近くかかる。しかもライト・シールは曲面ばかりの形状なので、安定して出力されず、形状が潰れる箇所がある。これはOrganicスタイルのサポートを付けることで解決した。ただし出力時間は5時間40分と長くなる。ガウディの建築を連想させる有機的な形状のサポート部分は剥がすことになる。

このようにして作成した特製ライト・シールでApple Vision Proを使用すると、周辺視野が得られるので安心して動き回れる。側面の穴から周囲の様子が分かり、下面の穴から足元の様子が分かるからだ。上面の穴は不要かもしれず、支柱はより細いのが望ましい。懸念していたディスプレイに差し込む外光も気にならない。視線追跡も問題なく動作している。全体として極めて良好だ。

自転車に乗るのも快適で、以前に感じていた不安感が消える。制約がなくなり開放感すら感じる。これが本来の姿だと思えてくる。ただし、これはプラスティックなので、顔に当たる部分が硬く、長時間着用する気にはなれない。そこでもうひとつライト・シールを注文したい。それが届けば周囲の布を取り外せば良い。顔に当たる部分にクッションが付いているので、本来の快適さが得られるだろう。

筆者を含めて特製ライト・シールを試用した誰もが、周辺視野が得られる安心感を高く評価した。これがなぜ標準でないのか理解に苦しむ。外光が入ると映像の鮮明さが低下するので、周囲の穴はスライド式に開閉したいところ。あるいは周囲をカメラで捉えて、周辺部に低解像度のディスプレイを追加することも考えられる。さらに上面カメラでロード・バイクの前傾姿勢にも対応…などと皮算用が膨らむ。

興味深いことに、より強くリアリティを感じるとの意見もあった。周辺視野とディスプレイの連続性があるので、映像による目の前の光景が確かに存在していると認識できるからだろう。これこそAR(拡張現実感)の醍醐味に他ならない。Apple Vision Proに感じるコレジャナイ感、VRゴーグルと大差がない疑惑は、開放型ライト・シールによって改善される。一度は失われた周辺域の現実を取り戻せるわけだ。

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