Dark Touring 12: ホー・チ・ミン

今月初めにベトナムのホー・チ・ミン市を訪れた。寒い日本を抜け出し、暖かい場所で過ごそうという魂胆。ただし、以前に同市やハノイを訪れて交通事情に絶句していた。市街地は大混雑、郊外は路面がボコボコだからだ。クルマより遥かに多くのスクーターが濁流のごとく渦巻き、途切れることなく流れ続ける。信号機や交通ルールも怪しい。その中を歩行者が飄々と横切る。信じられない曲芸状態。

自転車はほぼ見かけない。だが皆無ではなく、ごく稀に通りかかる。爆音を轟かせ有毒ガスを撒き散らす内燃機関車が蛮勇割拠する中で、一陣の涼風だ。いわゆるママチャリだけでなく、マウンテン・バイクやロード・バイクも見かける。大量の荷物を運ぶ人もいれば、颯爽とレース・ウェアに身を包んだ人もいる。子供がキックバイクに乗り、足が不自由な方が三輪車で買い物に来ている。

それでは意を決して自転車に乗ろう。市内中心部ではシェア・サイクルTNGOが利用できる。TNGOアプリをiPhoneにインストールし、コンビニエンス・ストアでデポジットを入金。マップで近くのステーションを探し、自転車のQRコードを読み取って利用開始。乗り終れば自転車をステーションに戻し、ロックをしてアプリで利用終了を伝える。途中で一時的なロックや解除も可能。

TNGOの自転車は乗り降りしやすいU字型フレームで、小さめの車輪に泥除けを備える。変速機はなく、ブレーキの左右は日本と同じ。サドル下部にシェアリング用のコントローラとロックがあるのも一般的。さらにハンドルの中央にスマートフォンのホルダーがあり、前カゴの底面にソラー・パネルあるのは気が利いている。乗り心地は柔らく悪くない。しかし少なからず整備が悪い自転車があるのは要注意。

さて肝心の市中ライド。乗り初めこそ戦々恐々としていたものの、次第に強張っていた肩の力が抜けてくる。スクーターやクルマはそれほど速度が速くなく、自転車を避けてくれる。ゆっくりと無理をせず走れば良いわけだ。右側走行も速度が遅いこともあって違和感がない。右折はそのまま、左折は二段階で行う。もっともラッシュ・アワーではなかったので、交通量は少なめであった。

海辺のブンタウでも自転車に乗った。高速船が着いた港にもTNGOのステーションがある。勝手知ったるシェアリング・システムでビーチへ、レストランへ、寺院へ、カフェへと転々と移動する。ベトナムでは配車サービスGrabが普及しており、使い勝手が良く料金も安い。それでも短い距離なら自転車が気軽に素早く移動できる。都合数回の利用で料金は64,000ドン(400円弱)。

さらに郊外への観光ツアーにも参加。メコン川をボートとカヤックで渡り、マウンテン・バイクに乗って田園地帯を走る。ジャングルには程遠いものの、農園や田畑を抜けるプチ・グラベルな細い道が続く。垂れ下がる椰子の葉に打たれ、欄干のない狭い橋を渡る。同行していたポーランド人が早々に転倒した程にはワイルド。何よりも38℃もの灼熱、湿度も高く顔から汗が吹き出る。

ところで自転車には慣れてきたものの、スクーターやクルマに乗ってカオスな渋滞道路に突進するほどの勇気はない。そこでスクーターの後部に乗って市内を巡る観光ツアーに参加した。ドライバー兼ガイドはアオザイを着た20歳の大学生。14歳からスクーターに乗っているそうで、運転に危なげがない。ごく自然に混雑する道路を高速で駆け抜け、別の車列を横切り、離脱合流している。

その時に思い出したのは1996年1月の阪神・淡路大震災。東灘区で住居が半壊となった筆者は神戸市内をクルマで走っていた。電話など通信手段が壊滅状態なので、離れて暮らす両親の安否が分からなかったからだ。鉄道は破壊されており、移動経路は道路しかない。高速道路は崩落して利用できない。一般道路は至ることろで隆起陥没し、倒壊した家屋が行手を塞ぐ箇所もある。

しかも停電のために信号機は止まり、交通整理をする警官はいない。普段でも渋滞が多い幹線道路だから大混雑に陥いるはずだ。どころが不思議なことに渋滞は起こらない。交差点でも器用に譲り合って交互に行き交っている。会釈したり手を上げたりして感謝を伝え、和やかな雰囲気と言っても良いほどだ。それほど速度は出せないものの、特にトラブルなく普段より早く市街地を抜けることができた。

これは後にレベッカ・ソルニットが災害ユートピアと呼んだ現象だろう。過酷な災害に直面した人々は、お互いを思いやり、助け合う。それは日常では眠っている普遍的な資質で、危機によって発露する。怪我や闘争時に分泌されるアドレナリンにも似た、精神的な鎮静と活性であり、社会的な協調をもたらす。ただし、それは一時的でしかない。実際にも翌日以降の神戸市内は大混乱に陥っていた。

ベトナム、あるいは他国でも見かける路上の大混雑と交通の流麗さは、災害ユートピア的な協調の永続化であり、日常化だろう。大量の信号機と厳密な交通規則に守られた日本よりも、遥かに渋滞が少なく効率的なのだから驚いてしまう。より安全でより自然とすら言えそうだ。けたたましいクラクションがあちこちで鳴り響いても、弛緩しきった軽トラ・ミサイルより何百倍もマシだ。

今回のベトナム旅行は久々のバカンスだった。それでも危険かもしれない自転車やスクーターに乗ったのは、リアリティとモビリティを追求する飽くなき魂ゆえと自画自賛したい。そしてダーク・ツーリングは負の遺産を巡るだけでなく、そのようなエッジ(限界・境界)な状況だからこそ生まれる可能性を追求する旅であったことに気がつく。これを新たな起点として、さらにペダルを漕ぎ続けよう。

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