神出山田自転車道

新型コロナウイルス感染症は未だ冷めやらぬ2021年の秋、兵庫県神戸市がサイクルツーリズムの実証実験を行った。神戸市独自の地域振興の施策でもあり、観光庁による「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業(事業者連携型)」という、まあつまり、もともとあった観光施設で今は使われていないものに付加価値をつけて活用しましょう、という地域振興政策でもあったりする。この頃この手の社会実験、実証実験に類するものをちらほらと目にするようになった。

この実証実験には2つの軸があるようだ。一つはサイクルツアー。地域の魅力を組み込んだルートを走る。ガイドのつくものと、自由に参加するプランを選ぶことができる。また、このツアーを実施する日程にあわせて、後述するサイクルトレインやサイクルバスの利用をすることもできる。参加要件には次のような文言もある。

参加には、各コースの距離+20~30kmを走れる体力と、標高300m(一部ツアーは500m)程度の峠を無理なく越えられる実力が必要です。

もう一つが「サイクルトレイン・サイクルバス実証運行」である。自転車を電車に積載する場合通常は車輪を外しペダルなどを養生して、いわゆる輪行袋に収まった形で自転車を車内に持ち込む必要がある。サイクルトレインはそのような必要なく、自転車をそのまま車内に持ち込むことができる。このようなサイクルトレインは近年、日本中の様々な地域でも鉄道会社によって運用されている事例が見受けられる。

サイクルトレイン(JR西日本 記者発表資料より)

サイクルトレインを利用するメリットは、自転車で走りやすい場所や自走のみではたどり着きにくい場所からでも、すぐにサイクリングをスタートできる、いわば自転車で走るコースのバリエーションを大きく拡大できることにある。神戸市で行われたこの実証実験は「神戸農村サイクルツーリズム」と名付けられていた。これは面白い着眼点なのである。どのような点に目をつけたのかは、神戸市という土地のかたちを見ることでわかってくる。

神戸市域と地形

神戸市は港町として知られており、都市部は上の地図のうち、右下側の黄色い円で示しているような、海の近くで発展している。神戸農村サイクリングが設定されているサイクリングルートは、地図の左上の黄色い円で示した地域にある。この両地域の間には、自転車乗り達にとってヒルクライムが盛んな六甲山系が横たわっている。この土地の形はそのまま、現在の自転車の社会における課題を現していると捉えることができると考える。

なぜなら六甲山系を走るサイクリングルートは、ほぼヒルクライム、つまり山を登るコースであり走ることに特化したロードバイクと、坂を登りきるためのトレーニングされた身体があってこそ楽しめるものであり、そうでない場合にはただの苦痛の移動経路でしかない。

神戸市街地を出発して、快適に走れるサイクリング地域まで自転車で自力で行こうとするならば、その途上には六甲山の峠が立ちはだかる。

そして「これぐらいの勾配を登れないやつに、サイクリストたる資格はないね」とでもいうようなマウンティングをとってくる。今回の実証実験は、六甲山に対して「サイクリストへのマウンティングはやめようよ」と諌めようとする(ある意味での理不尽を)社会課題として解決しようとする試みとも言える。楽して山を超えたところで別段、誰に迷惑をかけるわけでもない。

六甲山を挟んで海側の地域と山側の地域を結んでいる神戸市の鉄道が、地下鉄と神戸電鉄である。今回はこの2つの鉄道で同時にサイクルトレインが実施された。さらに、バスにも自転車を積み込むことができる「サイクルバス」も加わり、自力でなければ自家用車を使わなければパスできない六甲山系を超えて、自転車の移動域を広げられるのではないか、という着眼点が面白い点だと感じた。


神戸農村サイクリングに参加しようとスケジュールを検討していたら、サイクルトレインを実施する神戸市地下鉄、神戸電鉄、そしてバス路線で「サイクルバス」を実施する神姫バス、すべて事前予約制となっていた。そして私が予定を繰り合わせ、天気も良さそうなので参加しようと思ったときにはとっくにすべての枠が定員に達していた。気軽さがない。

よって、このイベントについての体験報告を書くことはかなわないのだが、神戸農村サイクリング本体イベントについては、様々な参加者によって公開されている動画があるので、そちらを参照していただくとよい。

そして筆者はサイクルトレイン・サイクルバスを利用することはかなわなかったので、自転車を自動車に乗せて運び、そこから自分でコースを引いて走ることにした。自転車Youtuberの「なななちゃんねる」でも同様の企画動画が公開されている。


さて、セルフ・神戸農村サイクリングの朝がやってきた。

実際のイベントのコースにも組み込まれていた「つくはらサイクリングターミナル」へと向かい、そこを拠点としてルートを設定しようと現地に到着した。朝早くに付きすぎたのでターミナルは営業時間前となっている上、駐車場を利用できるのはサイクリングターミナルでレンタルサイクルを利用する人に限る、という掲示がされている。どこまでいっても気軽さがない。

閉ざされたサイクリングターミナル

なぜこのサイクリングターミナルが廃れたのか、だいたい想像がつくわ、と悪態をつきながらもそこはサイクリストの端くれである。路上駐車などをして地域の人に「これだから自転車乗りは迷惑をかける」などという印象をもたせてしまってはいけない。駐車できる場所を探して移動することにした。

ダム建設によって作られた「つくはら湖」の周辺は遊歩道が整備され「神出山田自転車道」の一部ともなっている。つくはら湖のパーキングに移動してから自転車を降ろして自転車道へと漕ぎ出していった。今回はサイクリングも重要だが、もう一つ目的があったので、それは達成しなくてはならない。自転車道の西の終着点である神出に到着するまえにUターンして、東の方へと走っていった。

モニュメント

ランニングする人たち、散歩する人たちとすれ違いながらしばらく自転車道を走って、9時にならないとオープンしないサイクリングターミナルに向かった。ターミナルに到着するとゲートは開いており、中にはトイレやレンタル自転車の貸し出し施設があり、スタッフと思しき人達が掃除をしたり、準備をしたりしている様子が伺える。

私はレンタル自転車の受付のあたりに置かれた周辺地図やサイクルイベントのポスターを観察しながら、スタッフの男性一人に話を聞いた。

ーこのサイクリングコースはどこまで続いているのですか

「この先は箕谷までいけるけど、途中からは車道脇の歩道を走ってもらうことになる」

ーこのサイクリングターミナルはいつから運営されているのですか

「建物は昔からある。今は営業期間だからやっているけど、普段はやってない。もともと自転車用の施設として作られたものだったけど。自分たちは神戸市からの下請けでやっているから、ここにずっといるわけではない。」

ー自動車が止められなかったので別のパーキングに駐車してきた

「レンタルサイクル利用者のみ、と書いてはいるけど、勝手に留めていく人は結構いる。まあ実際にはこっちも細かく言わない」

ーレンタルサイクルの利用者は、どういった人たちが多いですか

「家族で来る人もいるけれど、多いのはペア。二人連れ、男女カップルなどが多い。たまに5人以上の団体が来ることもある。でもやっぱりペアが多い。」

ーイベントをやっていると聞いた

「12月で一旦おわる。もしかしたら春になったらまたやるかもしれない、知らんけど。」

ー神戸市から請け負っているとのこと

「週末だけの雇用、それだけしか働かせてくれない」

ー自転車が盛んになっているように感じますか

「わしはゴルフしかやらないから、よくわからない。けれど、ゴルフも機材を使う。自転車もそうではないか?新しい自転車が発売されたら欲しくなる。どんどん新しい機材が欲しくなる」

ーたしかにそう

「けど、わしらはすぐに新しいゴルフクラブを買わない。なぜか。富裕層が新しいものにすぐ飛びつき、しばらく使ってみた後に結局合わなかったり使わなくなったりして下取りにだす。わしらは店に前もって出物があったら連絡をくれるように頼んでおく。そして安く手に入れる」


私の今回の目的の一つは、この社会実験に関わる人々、自転車に乗る側ではなく、そのルートやサービスを提供する側の現場にいる人々の話を聞くことにあった。

サイクルトレインをはじめとして、観光や地域振興といった企画に自転車が取り上げられることは珍しくなくなってきている。企画の数が増えればそれだけサポートする人、ガイドする人、運営する人の数も増えていくことになる。そうした側面からも、自転車イベントはどのように成立していくのかが見えてくるのではないか。

長々と話をしてくれたスタッフの男性にお礼を伝え、私はサイクリングターミナルを後にした。「気をつけて、まあ、楽しんで行ってください」と見送ってくれる彼との別れ際にこのような会話を残して、朝日が照りつける眩しいつくはら湖の方へ向かった。

ー春になったらまた来てみます。また会えますか

「雇ってもらえてたらな」

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