「今さら言えない小さな秘密」はジャン=ジャック・サンペによる絵本(1995)、そしてピエール・ゴドー監督による映画(2019)。物語の主人公は片田舎の自転車屋さん。どんな自転車も素早く修理する腕の良さで皆から尊敬されている。そんな彼には誰にも言えない秘密があって、それはなんと自転車に乗れないこと。子供の頃から何度も練習したが乗れないまま…と設定だけでクスっと笑ってしまう。
そこに写真家がやって来て、自転車に乗った姿を撮影したいと申し出たものだから、さぁ大変! 何とか逃れようとするが、応じざるを得ない状況に追い込まれる。これで妻にも子供たちにも秘密が分かってしまう。村中の笑いもの間違いなし、絶体絶命の大ピンチ。だが、自転車工は大怪我を負いながらも、名声を得てしまう。そして写真家もまた秘密を持っていたことが分かる。
絵本は約100ページ。柔らかな線と淡い配色の水彩画は、いかにもおフランスな雰囲気をたたえている。特に人々の表情が面白く、見返すたびに異なる印象を受ける。短めの軽妙な文章なので、次々とページをめくってしまう。洒脱なエピソードが散りばめられ、思いがけない伏線も張られている。日本語の翻訳はこなれていて読み易い。翻訳者も編集者もまた自転車に乗れないそうだ。
映画は1時間半ほど。南フランスのプロヴァンス地方で撮影されており、明るい日差しと豊かな自然に溢れている。原作である絵本に忠実な脚本だが、エピソードがいくつか追加されている。美しく素朴な村に住む人々は実直で、感情豊かに喜悲劇を繰り広げる。そして、刮目すべきは主人公の自転車工房。実用車からロード・レーサーまでクラシカルで使い込まれた自転車が何十台も並んでいる。
さて、誰しも何か苦手なことがあり、その一方で苦手ゆえに強く意識してしまう。それはコンプレックスであると同時に強い憧れになるのかもしれない。主人公は乗れない自転車を研究しているうちにメカニズムに精通し、立派な修理工になる。それでも自転車に乗れないし、おそらく一生乗れないのだろう。だが、誰よりも自転車を愛している。そのような自転車との関係が、少し羨ましくもある。
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