ジャネット・サディック=カーンのストリートファイト

ジャネット・サディック=カーン(Janet Sadik-Khan)による「ストリートファイト(STREETFIGHT)」は、彼女がニューヨーク市の交通局長として取り組んだ都市改革について著している。共著者はメディア戦略を担当したセス・ソロモノウ(Seth Solomonow)。日本語版は400ページ弱で、巻頭のカラー写真だけでも30ページあり、本文中にもモノクロ写真が豊富に掲載されている。

ジャネットが交通局長であったのは2007年から2013年まで。持続可能な都市計画PlaNYCを独創的なアイディアで具体化し、強力なリーダーシップで実施している。これを端的に言えば、自家用車やタクシーを抑制し、バスや地下鉄、そして自転車や徒歩を重視した街づくりだ。都市交通を車両や道路から考えるのではなく、人々が街に親しむ人間中心の公共空間「街路」の創出として考えたわけだ。

具体的には、道路や駐車場を人々の憩いの場に転用する。それも裏通りだけでなく、タイムズスクエアのような一等地を大胆に変革する。また、道路には明確に自転車レーンを設ける。これは単なる路面の塗装だけでなく、縁石などで保護したり、駐車帯を挟むことで自動車が侵入できないようにする。ビフォー&アフターの写真を見れば、殺伐とした道路が活き活きとした魅力的な街角に変ったことが一目瞭然だ。

さらに、Citi Bikeとして自転車シェアリング・システムを導入する。音楽家のデヴィッド・バーンに依頼して、ユニークな自転車ラックを設置する。街角に設置された歩行者向けの案内システムやバスのリアルタイム運行情報なども明快にデザインする。ニューヨークは決して世界のトップランナーではないが、「良いアイディアは盗むもの」として先進都市に追いつき追い越そうと奮闘努力する。

しかし、このような変革が一朝一夕に実現できるわけがない。想像を絶するような努力と情熱で問題解決にあたり、幾多のトラブルを乗り越えていったに違いない。それが書籍のタイトルに現れている。ストリートファイトとは市街戦や路上での喧嘩といった意味なのだから。そしてサブタイトルは「Handbook for an urban revolution」すなわち「市街地革命のハンドブック」だ。

ところで、果敢なYouTuberが自転車で自転車レーンを走ったのは2011年。自転車レーンの整備が進んだ頃ながら、それでも障害物や違法駐車が多かったことになる。偶然ながら、その記事で後日譚として引用したビデオで熱弁を振るう人物こそがジャネットに他ならない。ニューヨーク市交通局退任後は全米都市交通担当者協会のチェアとして、それまでの知見をアメリカ全土に広げている。

また、彼女は2019年春に来日して講演や会談を行なっている。その一部始終は本書の日本語版への序文に記されており、インタビュー記事も公開されている。当時既に日本語版が準備中で、「ストリートからの都市改革」なる仮タイトルで2019年9月刊行となっていた。実際には1年遅れたのだから、翻訳者や監修者の苦労が忍ばれる。自転車はもちろん、都市を考えるすべての人にお勧めしたい。

ちなみに、筆者はニューヨークを数回訪れたことがあるものの、その最後は2007年、本書の始まりの頃だ。既に半周以上のグリーンウェイが整備されており、快適で開放的なサイクリングを楽しんだ一方で、中心街での交通渋滞やマナーの悪さは悲惨であった。それが本書に述べられたように革新的に生まれ変わったのであれば、再訪したくなる。渡航制限と12時間以上のフライトが悩ましいけれども。

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