The Graphic Method Bicycleパフォーマンス

オランダの作曲家であり、電子音楽やテープ音楽の先駆者として知られるディック・ラエイメーカーズ(Dick Raaymakers)は、自転車を使った興味深い音楽パフォーマンス作品「The Graphic Method Bicycle(原題:Grafische Methode Fiets)」を残している。初演は1979年だが、2008年に再演されたビデオが公開されている。30分以上に渡る、ある意味で退屈な作品だが、緊張感に満ちた好演だ。

この作品では全裸の男性が自転車に乗り、男性の筋肉が発する電気変化(筋電)が増幅されて、ノイズ音としてスピーカーから発せられる。自転車はワイヤーに繋がれており、電動ウィンチによって全長30フィート(9メートル強)のステージを、秒速1/5インチ(秒速約5ミリ)で引き寄せられる。極めてゆっくりと前進する自転車に乗った男性は、これまた極めてゆっくりと動く。

ある瞬間には静止しているとしか思えないが、30分間のパフォーマンスを通して、自転車は端から端まで移動する。その間に自転車に乗った男性はペダルを漕ぎ、次いで足をまたいで地面に降り立つ。これが通常の動作なら2〜3秒の所作だろう。つまり、これはスローモーションであり、時間が数百倍に引き伸ばされている。ビデオのスクラブ(再生位置)をドラッグすれば、本来の動作が見えてくる。

プログラム・ノートによれば、この作品はジュール・マレイEtienne-Jules Marey)のクロノフォトグラフィにインスパイアされている。これは映画の原理に繋がる連続写真撮影法で、短時間の一連の動きを一枚の写真として多重露光して撮影する。これとは真逆の手法を、この作品ではパフォーマーが実演する。一枚に合成し凝縮された図像ではなく、30分間に拡大し実体化された行為だ。

Dismounting a bicycle, by Étienne-Jules Marey, late 1890s

当然のことながら生体反応はリアルタイムであり、そこに緊張が生まれる。無限に時間を細分化して動作を微分するために、極限まで絞り込まれる身体は、その内部で打ち震えている。筋電音にウィンチのモーター音が交じり、心拍や呼吸の音も加わる。これにより、ステージ上の状況が何倍にも拡大された音響として放たれる。全裸であることが示すように、すべてを白日のもとに晒そうとする。

同じく物理現象もリアルタイムなので、自転車が転倒しないように補助輪で支えているのが、ご愛嬌。BMXの達人なら、補助輪もウィンチもなしに、このパフォーマンスを遂行するだろうか。自転車の右側に降り立つのも不思議だが、空間演出としてマレーの写真とは逆の側に降りることを選択したらしい。このように、自転車パフォーマンスとして見れば不満がないわけではない。

パフォーマンスとしての自転車を考えれば、より速く、より遠く、より高く、といったスポーツ的状況が思い浮かぶ。あるいは曲芸的なエンターテイメント性だろうか。いずれにしろ、卓越した身体能力を問いがちだ。だが、この作品は異なる可能性を示唆している。風を切る爽快なライドも素晴らしいが、思慮深く内省的なペダリングも有り得る。それでこそクリティカル・サイクリングだろう。

ちなみに、ディック・ラエイメーカーズはアムステルダムの電子音楽スタジオSTEIMの共同創設者であり、デン・ハーグ王立音楽院のソノロジーでも教鞭をとった。1990年代のSTEIMは先進的なインタラクティブ・システムの開発拠点のひとつで、何度か訪れる機会があった。その際に街中に溢れる自転車と極太チェーンを見て、ここは修羅の街だと思ったのが、筆者の欧州自転車体験の始まりだった。

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