信州で過ごす連休の前に高崎に用ができたので、宿をとって「国跨ぎ」のサイクリングをやろうと思った。結局は西上州の山あいで坂を登ったり下ったりしながら秋の雨を浴びるだけの一日になったのだが、不思議と満たされた感覚に包まれた。その断片を記しておきたい。

中央線と八高線を乗り継いで入った上州南部、もとい「西上州」。高崎での用事を済ませ宿のベッドで眠りに着く前、窓にはぱらぱら雨粒が当たっていた。翌日の予報もずっと1ミリ程度の降水との表示。100km超のルートを予め引いていたが、正直、サイクリングのモチベーションはだいぶ落ちていた。途中に降られるぶんには仕方ないと思えるが、こちらから飛び込んでいくのは気が進まないものだ。ちょっと風邪気味だし、さっさと眠ろう。体調を整え、明日は鉄道を使って終点の下仁田から舗装路メインでサクッと信州へ越えよう。そう決めて布団にもぐった。

目が覚めたのは4時半くらいだったか。うっすら明るくなってきた窓の外を眺め、あたりが濡れていないのがわかると、瞬時に気持ちは切り替わっていた。軽い朝食と着替え、荷造りを済ませ、始業前のフロントに鍵を返却、玄関を出て一日の始まりの空気を吸い込んだ。体調も悪くない。駅の自販機でポカリを買い、おもむろに自転車に跨って走り出す。目指すは下仁田へ行く鉄道の駅ではなく、元のプラン通り、下仁田のさらに奥へ続く御荷鉾(みかぼ)山系の尾根だ。上の方は曇り空の底に隠れている。6時15分、下界はドライ。道はゆるく蛇行し、そぞろ神が笑う。

ゆったりと河谷を上流へとなぞる、雰囲気のよい県道。それでも上りが続くと暑くなってきて、上半身のレインウェアを脱いでバッグにしまう。周りに人家は見当たらないが、「児童に注意」の看板が二つほどあった。片方はだいぶ錆びていたから、まだ子どもが多かった時代のものかもしれない。しばらくするとリアル度の高いカカシ二体に遭遇、思わず声が出る。交通量はごく少なくて平和。一台、ちょっと荒い追い越しをかけてきたバンがあり、見ると車体に「スクールバス」と書かれていた。先の集落で止まっていたので、運転手のおじさんに挨拶したら和やかに返してくれた。これから子どもたちをひろって学校へ連れていく時間帯だろうか。


川の支流の方の県道に曲がって少しすると、ゆるかった斜度は一気に10%超になり、山里から「山」に入ったのだと分かる。手首につけた熊鈴を揺すり、時おり大声を出して人の存在を示す。観光客の少ないエリアの熊なら、この古典的な遭遇回避法も効くだろうと思う。「おはようございます!」と怒鳴ったりしながら、杉林のつづら折りをじわじわ登る。湿ってところどころ薄い苔も生えた舗装路面は、ローギアだと後輪がスリップしやすい(センタースリックのタイヤ&あまり低圧にしていないせいもあるかも)。高度が上がって眺望の開けたスポットが増えてくるが、そもそも雲の中だし、徐々に霧雨から普通の雨になってくる。今日はもしかすると降られないかも、と淡い期待を抱いていたのに。木陰で再びレインウェアを着た。


目当ての一つだった、県道から分岐する未舗装林道に入る。日本のグラベルのよいところは、多くが森林帯の林業道路ゆえ、半ば屋根がついているに等しいという点だ。手首の熊鈴も勝手に鳴るし、ローギアでも砂利のおかげで後輪のグリップが抜けない。疲れたり飽きたりしたら降りて押し歩く。使う筋肉を分散でき、視野も広がる。木々の間から霧雨~小雨を降らせる雲は、陽の光を宿してほわほわと明るい。逆に暗いところではもう夕方のような気もして急ぎ足になる。急にザっと降りが強くなったと思ったら、広葉樹が受け止めていたしずくを風が揺り落としただけだったりもする。



林道を登り切って主脈の尾根道に出ると、雨はもう本降りで、木々のシェルターを突き抜けて注いでいた。舗装路の表面を、水が幾重もの小さな波をなして流れていく。標高は1000メートル超、吹き渡っていく風が肌寒い。とりあえずおにぎりを一つ食べる。ビブショーツに重ねていたレインショーツにジッパーで延長パーツを連結、脚やゴアテックスシューズの中が濡れるのを防ぐ。上半身はゴアテックス・インフィニアムで、(蒸れにくいが)防水性は高くない。木陰に隠れながら走っても、再発進から約1時間ですっかり浸みてしまった。風よけの仕事はしっかり果たしてくれているし、一定以上の運動強度(と体内のエネルギー源)があれば冷えは感じない。とはいえ綱渡りの運用には違いない。

午前10時前に「御荷鉾スーパー林道」グラベル区間に入った。信州へ越境するなら、このまま進むのが「近い」。けれども、濡れた石畳のような路面の性状、止まない雨、湿っていく装備、ペースが上がらない中での体温維持の難しさなど、手札はどんどん悪くなってきている。腕を片方ずつハンドルバーから離してブルブル振り、拳を何度か握って熱を生もうとする場面もあった。うん、今日じゃないな。数百メートル程度で引き返し、分岐から舗装路で下ることに決めた。幸い、ここのグラベルは前にたっぷり楽しんだ経験がある。あれがなかったら、どうにかやり切ろうと深入りしたかもしれない。

下っていくほどに、空気がぬるくなっていくのが分かる。というかいつの間にか道も乾いている。さっきまで安全面の必要以上に冷え防止の目的で効かせていたブレーキをゆるめ、服をわずかでも風にさらす。胸元のジッパーを開ける。レインウェアのフードを脱ぐ。そうこうするうちに久々の人家が目に入り、さらに進むと「うどん・そば」の幟が揺れている。温かい食べ物。やばい。いや待て、本当にやってんのか。でも幟なら、看板と違って設置したままってことはないはず。過度な期待はしないよう自分に言い聞かせつつ、案内に従って渓流の方へ。ごつごつした未舗装の広い駐車場に、車から降りるお客さん風の人が数名。挨拶しながら追い越して進むと、竹を編んだフェンスの向こうに、釣り堀を備えた料理屋があった。


オーダーした料理を待つ間に、濡れたインナーシャツをお手洗いで着替え、スマホをモバイルバッテリーにつなぐ。快適な空間でアドレナリンも切れると、尾根筋での時間が苦行だったように感じられてくる。この先はどうしようか。信州への国跨ぎの可能性はまだある。月見うどんを頂きながらルートを検索。平野部まで出ると流石に遠回りだ。その一つ山側の県道193号ルートもあまり変わらないように見える。いちばん手前の山越えルートが最もダイレクトで「美しい」。スマホの画面では深くスクロールしないと標高グラフが出ないので、山ルートのそれだけを見て、193もどうせ同じくらい登るだろう(だからメリットはない)、と早合点した。お店の人と隣の人に山ルートのことを尋ね(明確な答えは得られず)、隣の人が林道好きと判明して、以降は県内のどこそこがいいよ、という話に聞き入って時間が過ぎた。


後知恵、あるいは常識でいえば、別の峠越えをやる前の650mヒルクライムを昼過ぎに開始するのは、猛者かばかのやることである。しかし疲れていたり他の関心事に気をとられていたりすると、冷静な判断ができなくなるものだ。那須与一の伝説が残る集落から始まって最高地点まで、道は常に10%を超えるであろう斜度で立ちはだかり、かつ蛇行していて長かった。レインウェアは上下とも早々に脱いだ。このルートじゃなかったかも、とも思ったが、登ってしまったぶんの時間・エネルギー投資を無駄にしたくない心理を「こっちの方が美しい、かっこいい」と言い換えて進んだ。標高が上がると天候もまた怪しくなってきて、実際に途中からパラパラきていた。薄暗い時間帯を好む熊は、雨の日なら昼間も活動するらしい。「山なんだから、熊はいるでしょうよ」という料理屋の女将さんの台詞は素敵だったな。



ピークの数百メートル手前で、予期せぬことが起きた。路面の舗装が途絶えて砂利道になっている。ストリートビューで事前確認したのはルート序盤の様子だけだった。グラベルは好物とはいえ、このタイミングではちょっと笑えない。ようやくたどり着いた峠は、霧ないし雲で白く霞んでいた。稲含山(いなふくみやま)ハイキングなどのための駐車場になっていて、脇に立った札には「茂垣峠(もがきとうげ)」とある。出来過ぎている、と思いながら記念撮影をして下りへ。こちら側のグラベルは数百メートル程度では終わりそうにない。国跨ぎの意気はここで消え失せた。これを楽しんで締めくくりとしよう。未舗装区間は正味3キロくらいだったが、もっと長くても短くても、その後の現実的な選択肢は変わらなかっただろう。たぶん茂垣峠ルートに決めた時点で確定していたのだ。


下仁田駅にタッチダウンし、時刻表を見ようと駅舎に入ると、1分後に出ますよと駅員さんに告げられた。輪行ではまず間に合う見込みはない。でも幸運なことに、上信電鉄は自転車をそのまま持ち込める「サイクルトレイン」サービスを展開中だった(地域の人の車を使わない移動を支えるためにも、混雑しない路線・時間帯ではどんどん導入してほしい)。乗車整理券だけもらい、スキップするように最後尾の車内へ。端から端まで約60分、列車は自分がさっきまでいた山々を横目に、ぐんぐん高崎へ近づいていく。平地の田んぼに実った稲の色がまぶしい。道も家々の屋根もさらりと乾いている。


鉄道に揺られながらぼんやり振り返ると、雨を浴びるために山の尾根へ登り、もう一つ余計に登って降りてきたような日だった。何かがくっきりと変わる、と自分が感じている、上州と信州の境を(未訪の峠で)越える目標は先送りになった。だが、西上州の山々の深いふところを、あめつちをつなぐ水と戯れながらじっくり感じられた一日でもあった。身体と知性と道具と場の組み合わせから、破綻しないライン、それも本当にギリギリではないラインを選ぶ楽しみもあった。自分でも意外なくらい満たされた気持ちで、高崎から新幹線で信州へのトンネルを抜けた(※うっかり「とき」に乗って新潟までワープしそうになった)。