作品概要|自転車生命体 Cycloborg
「自転車生命体Cycloborg」は、現代の過剰なテクノロジーが形成する従属構造を可視化し、テクノロジーに対する批評的思考を誘発する触媒として機能することを目指し制作された映像作品を主軸とするインスタレーション作品である。本作の制作にあたり、本来、人間の主体性を損なわず、身体能力を拡張する機械である自転車に対し、あえて過剰な機能を付加することで再構築を試みた。この再構築の過程で、筆者は2つのプロトタイプシステムを開発・実装した。本作では、この二つのシステムを搭載した自転車と使用者(筆者)との相互作用を通じて、使用者が主体性を奪われ、自転車の作動に適応することで生き延びる存在である自転車の奴隷的な人間を描いた映像作品を制作した。展示空間では、再構築された自転車、映像作品、そして設計図が一つの空間内に配置されている。この構成は、観客が映像と物理的オブジェクトの間を行き来しながら体験できるよう設計されており、物語として提示される映像と、現実に存在する再構築した自転車とが相互に補完しながら鑑賞体験を形成する。
Work Overview | Cycloborg: The Bicycle Lifeform
Cycloborg: The Bicycle Lifeform is an installation centered on a film that visualizes the structures of subjugation created by contemporary excessive technologies, aiming to function as a catalyst for critical reflection on technology.
In this work, the bicycle—originally a machine that extends human physical capacity without undermining autonomy—is deliberately reconstructed through the addition of excessive functions. During this process, I developed and implemented two prototype systems. The film portrays a human figure (myself as the user), enslaved by the bicycle and forced to survive by adapting to its operations.
Within the exhibition space, the reconstructed bicycle, the film, and the design schematics are arranged together. This composition allows viewers to move between cinematic narrative and physical object, where the fictional film and the physically reconstructed bicycle mutually complement each other to shape the experience.
制作意図
本作は、もともと人間の主体性を損なうことなく能力を拡張する道具である自転車に、あえて過剰な機能を付加することで、主体性を奪い、利用者を依存させる装置へと変貌させている。筆者自身がその自転車を実際に使用し、苦悶する様子を映像作品として提示する。この不合理かつ滑稽とも言える行為は、鑑賞者にまず直感的な違和感を突きつける。さらに、本作では、実際に稼働するプロトタイプの記録映像と、演出を加えたフィクション映像とをモンタージュ的に交錯させる手法を採用している。また、映像に使用された実物の自転車を展示空間内に配置・提示することで、鑑賞者は「これは現実なのか、あるいは演出なのか」といった根源的な問いを自らに投げかけざるを得なくなる。こうした構成により、鑑賞者はただ映像を受動的に消費する存在ではなく、意味を自ら問い直し、解釈しようとする能動的な視聴者へと変容する。このような能動的な解釈態度をもった状態において、鑑賞者は、映像に映る使用者の身体的苦痛を通して「自転車に従属させられる人間」のイメージを受け取ることになる。この体験は、鑑賞者に次のような問いを喚起する契機となり得る。「ここまで自転車に過剰な機能を付加した結果、使用者が苦しんでいるのであれば、そもそもこれほど過剰な拡張は不要なのではないか」といった問いである。このような疑問が生じたとき、鑑賞者は過剰なテクノロジーから一歩距離を取り、それを能動的に問い直しているといえる。このような問い直しを、日常的な技術との接触においても再現していく態度、過剰なテクノロジーに対する批評的思考を生むのである。それは、無自覚のうちに過剰なテクノロジーの従属構造に絡め取られてしまいがちな現代社会において、不可欠な態度である。「自転車生命体Cycloborg」は、この過剰なテクノロジーに対する批評的思考を理論的に教授するのではなく、鑑賞体験というプロセスを通じて自発的に生成される余地を提供する。本作はこうした鑑賞体験の設計によって、過剰なテクノロジーに対する批評的思考を喚起する作品として提示した。

2 comments