Hangar(8) – 自転車格納庫のような店舗

自転車格納庫と聞いて、読者諸氏は何を思い浮かべるだろうか? おそらく、多くの人は無機質な金属の棚や、整然と並べられた自転車の姿を想像するのではないだろうか。それも自転車格納庫である。しかし、そうでなくとも自転車格納庫と等価な場所もある。

一見すると普通のカフェや雑貨店のように見える店舗であっても、特別な魅力を持っている場合もある。その特別な魅力の中に、自転車格納庫にとって必要な条件が見いだせるかもしれない。

築年数が100年を超す、明治に建てられた煉瓦造り3階建ての歴史的建造物の、1階部分に入居している飲食店は、フランスの首都パリをイメージしたような、歴史と異国感を持つ構えとなっている。

日本では見かけないような変わった自転車が店舗前に停まっている。これらはオーナーが現地で買い付けてきたものだという。

自転車だけを探しているのではなく、家具のような大きなものからキーホルダーのような小さなものまで、様々な雑貨を輸入する事業を営んでいる。自転車はそのようなアイテムの一つだということである。

店先に止まるフランスゆかりの自転車(中央は筆者のBrompton)

一つの自転車は、フランスの郵便La Posteのロゴ、そしてツール・ド・フランスを彷彿とさせる黄色い車体が鉄の扉と似合っている。もう一つはフランスの自動車PEUGEOTの折りたたみ自転車。筆者が乗ってきたイギリス製の折りたたみ自転車を、石造りの壁の前で一緒に並べると、得も言われぬ異国情緒に浸ることができる。

ここで重要なのは、オーナーが自転車だけを専門に扱っているわけではないという点があげられる。家具からキーホルダーまで、幅広い品目を扱う中で、自転車もその一つとして位置づけられている。この姿勢は、自転車を特別視せず、日常生活の自然な一部として捉える視点を生み出している。

オーナーの幅広い趣味と深い造詣が、自転車を含む様々な物品を通じて表現されることで、この店舗は単なる飲食店以上の魅力を持つ空間となっている。それは、まさに理想的な「自転車格納庫」のような、自転車愛好家が心地よく過ごせる空間とも通じる。


もう一つの店舗は、「すじにこみ」という惣菜のみを扱うことに特化した店である。最低限の対面販売スペースを除けば、イートインすることがギリギリ可能かどうかという広さである。

この店舗に自転車で訪れると、店主は自転車に対するコメントを惜しげもなく発してくる。その言葉はどれも自転車への愛情が深く、また、本質を見据えた言葉で次々と自転車評を話してくる。

店主の自転車評は、単なる表面的な感想ではない。それぞれの自転車の特徴、乗り心地、デザインの意図、さらには製造元の哲学にまで踏み込んだ深い考察が含まれている。これは、長年の経験と深い学習によって培われた知識と洞察力の賜物といえる。

店主のロードバイク(左は筆者のロードバイク)

スペインのバスク地方で開発生産されているORBEA。そのORBEAが20年前にアルミ+カーボンという異種素材を組み合わせて作ったミティスというフレーム。筆者はこのミティスの後に作られたアクアというフレームを、人生初めて所有したロードバイクとして愛用していたこともあり、思い入れもひとしおである。

この店舗自体は「自転車格納庫のような」空間ではない。だが、自転車を引き付ける最大の理由は、この店主の存在にある。物理的には自転車を格納するスペースはなくとも、店主の頭脳という形で、膨大な自転車の知識と愛情が「格納」されている。おそらく近くこの店には、論理的な帰結としての自転車のための空間が現れてくるはずだ。


自転車が止められる場所、自転車ラックを設置しておけば、自転車が駐輪する空間が作れそうに思われる。だが、設備があればそこが恒常的に自転車駐輪場になるとも限らない。

現に、以前自転車ラックの設置を勧めて実際に作成してみたが、しばらくすると片付けられてしまっていた店舗もあった。自転車ラックの場所にもう一台自動車を停められるようにするという店舗側の判断である。それ自体は何も間違ったことではない。その立地にとって自転車よりも自動車が優先されることもありうる。なによりも、店舗の人にとって自転車はあまり興味のあるアイテムではなかっただけである。

パリを思わせる歴史的建造物の中であれ、小さな惣菜店であれ、そこに自転車を深く理解し、愛する人がいれば、その場所は単なる店舗以上の意味を持つ。それは自転車の物理的な保管場所というよりも、自転車でそこへ行く意味を持つ空間となる。

このような空間では、自転車愛好家たちが集い、知識を共有し、そして何よりも自転車への「好き」を深めることができる。それこそが、本当の意味での「自転車格納庫」ではないだろうか。

我々が自転車文化を育み、広げていく上で重要なのは、立派な設備や広大なスペースだけではない。自転車が好きで、深く理解する人々の存在こそが、どんな場所も自転車文化の地に変える力を持っているのではないだろうか。

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