モビル文学(4) ARシステムを搭載して街へ出る

本記事は筆者のIAMAS(情報科学技術大学院大学)における修士研究である、自転車に乗りながら小説を読む試み「モビル文学」についての連載第四回目で、今回は前回の記事で紹介したARを用いた文字表示システムの開発を使って実際に街の中で小説を読むことの実践について紹介する。

「モビル文学」2024年5月バージョン

上記の画像は現時点での「モビル文学」の機構についての説明画像である。

自転車にARアプリケーションがインストールされているiPadを搭載し、ARグラスと接続されている。鑑賞者は自転車に乗って街を移動しながらARグラス越しに小説を読む。小説は物語の中に登場する場所と実際にサイクリングする場所が同期して存在するように書き、例えば「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」『雪国』(川端康成著)を「上越線の清水トンネル」で自転車に乗りながら読むような体験を目指している。

「モビル文学」イメージ画像

上記の画像は作品感情時のイメージ画像である。

ARグラスにキャプチャ機能がないため、実際に目で見ている光景とは少し異なるが、前回の記事で紹介したARアプリケーションの中の指定した位置(緯度経度)に文字情報を表示する機能と逆・セカイカメラ・メソッドによって、風景の中に文字が存在しているように見える。

先日サイクリングをしていた時に出会った風景

思うに、空間に設置された文字群は道沿いに連なる電柱を想起させる存在かもしれない。物語の始点から終点まで街の中で文字が繋がっていく。

実際にARアプリケーションの中に文字を並べてみると、空間に設置された文字の連なりが位置案内を兼ねているように見えた。

前回の記事で解説したとおり、ARアプリケーションの中で文字オブジェクトを緯度経度を指定して設置していることに加え、逆・セカイカメラ・メソッドと呼称しているARグラス越しに風景を見た時に文字が浮かび上がって見えるシェーダーを実装している。

今回は20メートルごとの間隔で文字オブジェクトを設置していて、自転車で文字に近付くと大きく見える。一定の速度で進み続ける自転車の機構を生かした物語への没入(ページを捲る手が止まらないような文学体験)がモビル文学には存在すると筆者は考えている。

制作した作品は大学院の研究発表で十数名の方に鑑賞して頂き、その中で複数の課題が見えてきた。今回は特に重要な三つのポイントについて書いていきたい。

一つ目は自転車の選択である。今回の作品鑑賞では装置をロードバイクに装着して行っていたが、自転車に乗り慣れていない人は操作に戸惑っていたり、安全を鑑みて自転車に乗ることが出来ない人もいた。文庫本を手に取れば気軽に物語へアクセス出来るように、モビル文学もユニバーサルな作品でありたい。そのため小型の自転車やレンタルサイクルのような誰でも乗りこなすことが出来る自転車を作品鑑賞時に利用することにした。

二つ目はARグラスが眼鏡の上から装着しにくいことである。視力が悪い人は眼鏡を外して体験することになるため、サイクリングの際の安全性を損ねる重大な課題となっている。眼鏡ストラップや固定具をARグラスに接着することで普段利用している眼鏡の上から装着出来るかもしれない。筆者自身普段から眼鏡を利用しているので、自身を対象としてARグラス装着の課題に挑んでいきたい。

三つ目は文字の視認性である。道路標識など、動きながら視認している文字は文字数が少なかったり、色や形にパターンがあることに気が付いた。本は紙のページという制約の中に読みやすい配慮がなされた上で文字が印刷されている。モビル文学にもモビル文学として文字を読む上で適した文字規格があるのかもしれない。次作では一度にAR表示する文字数を少なくした上で、散文的な物語を配置することで、ヒップホップのリリックのようなリズミカルな文体を模索していきたい。それはスピードに乗ることで小気味よく読めるはずだ。

以上、先月と今月の連載記事にてシステムの開発とプロトタイピングの実践まで達することが出来た。次回以降の連載では現状浮き彫りになっている課題の解決と、よりモビル文学としてカスタマイズされた小説による作品発表を目指していきたい。

次回もお楽しみに。

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