コンピューターの世界には、クラウドサーバという技術がある。これは、インターネットを通じて遠くにある巨大なコンピューターの一部を借りて、利用するようなものである。大元のコンピュータが持つ計算機能やデータなどから、その一部を「分身」のような形で作り出し、好きなところで、好きなときに使うことができるコンピューティング技術である。
自転車駐輪場は、都市の中で利用される自転車のための、クラウドサーバのような存在である。自転車を停め、利用した時間や日数の分だけの料金を支払うという仕組みがある。そのような大元の仕組みや、自転車を停める器具を共通化して用いることで、様々な場所に自転車駐輪場を分身として作り出すことができる。自転車を好きなときに好きな場所を選んで停めることができる、シェア自転車のようなサービスも実現することができる。
街なかにある自転車駐輪場の数は、近年増えつつあるようだ。自転車利用の促進を政策として推めていることもあって必要性が押し上げられ、都市の中で利用可能な余剰空間を自転車向けに整備する、といったような事例が増えている背景もあるだろう。
大阪市西区の四ツ橋は、かつて江戸時代に大坂の町全体に張り巡らされた運河と船が主要な交通手段であった時代からの、交通の要衝である。十字に交差する運河の東西南北に4つの橋がかけられていた風景が珍しかったことから、四ツ橋と呼ばれるようになったという。
その後、堀が埋め立てられ、橋も姿を消した現在の四ツ橋は、道路交差点となり、かつて4本あった橋の代わりのように、自転車駐輪場が設けられている。
神戸市の神戸港付近には、明治大正期に建てられた商業ビル群が今もなお残り、近代化産業遺産群として保存されている。ファサード保存を行い、歴史的な石造りの建築物による街並みを維持しつつ上層部には現代的な鉄骨とガラスによって建て替えられた高層建築の前にも、自転車駐輪場が設置されている。
ファサード保存は、歴史的な景観をその場にとどめつつも、その利用価値を高めるための継ぎ足しをおこなうような建築手法として様々な地域でも行われている。ここではその建築的な是非はともかくとするが、都市の中にある自転車駐輪場とクラウドコンピューティングとの関係と比較してみると共通点もある。
クラウドサーバーはインターネットを通じて巨大なコンピューターの一部を利用する技術であり、自転車駐輪場は都市という大きなシステムの中で、自転車を停め、利用時間に応じて料金を支払うという共通の仕組みを利用している。共通の仕組みや設備を用いることで、都市の様々な場所に「分身」のように設置することができる。
四ツ橋という名前にのみ残る橋、街並みの景観のために残された石造りのビル、これらは現代においては容れ物のようなものであって、実質ではない。橋やビルは、歴史のある時点でそこがなんであったのかを示し残す、記憶の継承として存在し続けている。
これらの場所に自転車駐輪場を設置することを可能にした条件についても考慮しなくてはならない。運河跡や港湾といった場所にあり、荷を積み下ろしするために比較的余裕のある土地が取られていたとみられる。それを普通の交通路として作り変えると、余剰空間がうまれた、という経緯があるのではないだろうか。
新しい自転車格納庫を標榜するHangarは、使用されなくなった自動車ガレージを自転車専用の格納庫として再生することを動機として始まった。その活動を通して、ガレージ空間に従来あった機能を自転車向けに変換しながら、その場所が持っている性質を新しい姿に反映することが、種々様々な場所において可能かどうかを実践的に考えるプロジェクトでもある。橋やビルだけでなく、住宅であってもそれぞれに時間の経過と歴史を備えている。そしてそれは、元あった空間を消去してから作り直すのではなく、使いながら継ぎ足す、それによってそれぞれの場所に適応した自転車駐輪の最適解を追い求めていく。
パブリックスペースに設置される自転車駐輪場は、その機能性や使用方法が機械的に全く同じであっても問題はない。自転車は機械なので不都合は起こりにくいし、機械には規格統一が有効でもある。駐輪場があった場所が運河であったことも、貿易港であったことも、今現在の道路の上を走る自転車にとっては関係のないことである。
だがもし、どこに作っても同じ見た目で同じ機能となりがちな自転車駐輪場ではなく、その地域やその場所にあることを反映するのであれば、設備や方式を複製するだけでは不十分である。
コンピューターにおいてクラウドサーバは、あくまでインフラや基盤を提供しているものであり、どのようなサービスやアプリケーションを運用するのかの要件を、入念に理解し、分析しておくことが不可欠である。自転車駐輪場にとって自転車がその場所に留まることが必要条件だとすれば、あたらしい自転車格納庫は自転車に加えて自転車を使う人、自転車を整備する人、走り終わって戻ってくる人、人と自転車の両方が留まる場所を指向する。
分身を生み出すためには、その元となる本体が要る。新しい自転車格納庫であるHangarがモデルとなって、クラウドのように様々な場所に様々な姿を伴って実体化させてゆくためには、複数のHangarを作る実践を行い、それら同士を比較したり、共通点を探していく過程も必要になってくる。
異なった地域にあり、異なった経緯を持つ建築物でも、「今はかつての使われ方をしていない」という共通点の中で、自転車格納庫になり得る場所と空間を定義することが、意味のあるステップとなるだろう。そうすれば、全国津々浦々において、Hangar化することが可能な空間を発見することにもつながるかもしれない。
大元からたくさんの分身を複製するクラウドサーバとは逆のアプローチとなるのだが、複数のHangarの分身をまず用意することで、その大元となる「Hangarのクラウドサーバー」を逆算していくことも、またこのプロジェクトにとっては必要な実践となるのではないかと考えている。
次回以降、次のHangarとして選ばれる場所について、準備状況や地域の特性や背景を述べることで、場所や建築をHangar化することについて考察していきたい。