自転車建築(13)スマホ版体験キットを作るⅣ

本連載は建築と自転車を組み合わせた表現を通じて建築の静的なイメージを覆し、建築と移動が持つ新たな可能性を探求している。引き続き、自転車、光、造形的な模型・物体の相互作用に焦点を当て、どのような表現が可能かを探る。

前回に引き続きスマホ体験版キットの報告を行う。

とうとう完成した。

360°カメラからスマホに変更することで、空間を見る視点が固定される。自転車建築の新たな表現として可能性を感じていた。キットは多くの人へ自転車建築の体験を提供することを目的に作り始めたが、最終的にこのアウトプットを自転車建築の簡易版キットではなく、「Your Living Home」という新たな作品として位置付けることにした。※Living = 生きている、活動している、生活に関する

模型外観

シンプルな家の形は、これが「Home」であることを示している。窓をイメージした穴にスマホのカメラをかざし、内部を撮影する。穴の手前には光を遮るカバーがある。自転車の走行中にスマホが振動でズレることがあるが、その際に穴とスマホの隙間から光が入らないための工夫である。カバーは風にそよぐカーテンを表現し、自転車で走行している時に感じる風を模型の形に反映させている。

下部の四角い枠のような部分は、スマホをゴムで固定するための支持構造である。中央の穴は、スマホにリングを取り付けたままでも使用できるように配慮したもので、その上の逆U字の切り込みは、ゴムを引っ掛けてズレ落ちないようにするためのものである。

模型内観

スマホというテクノロジーを用いる意義を考えた結果、スマホのインカメラによって普及した自撮りに着目することにした。自撮りは自身の姿を鏡のように映し出すというよりも、盛って撮る。この、自分を理想の形に演出しながら撮影する行為の対比として本作を提示することにした。スマホを用いて空間を一方向から映像として記録すると、視点は固定されているから空間の形状が常に明確になる。そこへ映像が投影されるため、空間が額縁のように認識される。360°カメラからスマホに持ち替え、自撮りと結びつけ、家という住まいの象徴に自転車を漕いでいる自己を投影することで本作はセルフポートレートとしての性質を強めた。

建築界隈で有名な、多木浩二の「生きられた家」という本がある。彼は”生きられた家”とは、居住した人間の経験が織り込まれている時空間であると述べている。この考え方を参照しつつ、人間の行為や環境、社会システムが作り出す風景に焦点を当て、現在進行形で生きる過程を提示する作品にした。

自転車に取り付けた状態

家という”住まいの象徴”に自転車を漕いでいる様子を投影することで、自身の経験が織り込まれた「生きている家」をリアルに感じられる作品とした。自転車を漕ぎ、人間生活のダイナミズムを受け止め、それを家に集積し、活動状態の空間を形成することで、生きている家(Living Home)を実現させる。”Living”としたのは、人間が主体であることを強調するためである。人間が自転車を漕がなければ前に進まず、映像は移り変わらない。人間が動くことで、家が生き始める。

模型内に投影されるセルフポートレートは自身を観察対象に転化し、私たちが動き、生きることのリアリティを訴えかけてくる。カメラオブスクラで得られた知覚は、このようにして世界をありのままに知ることができる。

本作は体験者自身が組み立てることを前提としており、1mm厚のボール紙にレーザーカッターで直線、曲線、丸穴、長穴が描かれ、切り込みが入っている。部品はボール紙から簡単に取り外すことができ、テープやボンドを使って組み立てられる。組み立てた箱にスマホを装着し、自転車のハンドルに固定すれば完成。

今年の夏にこの作品を使ったワークショップを開催する予定である。その後、段階的に多くの人に体験してもらう機会を増やしていく。

【追記】形状に関する説明を追記した。(2024.06.02)

2 comments

  1. スマートフォンの右上の覆いはカメラへの光を遮るためですか? 下部の取り付け具も形状が判然とせず、試行錯誤の結果だと思うので説明していただけるとありがたいです。

  2. ご指摘ありがとうございます。確かに、形状に関する説明がすっぽり抜け落ちていましたので追記しました。

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