Dark Touring 09: 瀬戸内

本州と四国に囲まれた瀬戸内海。その海辺と島々は温暖で穏やかな気候で知られ、海産物や果物に恵まれている。その西部にサイクリストにとっての聖地、しまなみ海道があり、アワイチの淡路島は東部になる。中央部は瀬戸内国際芸術祭で有名であるものの、あまり自転車の話は聞かない。それは何故だろうか。そんな疑問を持ちながら、高松を拠点にいくつかの島を巡ってみた。

豊島に向かう船より

この地域では小豆島の次に大きい豊島(てしま)は歩いて回るには大きく、バスやタクシーは少ない。そこで観光客にとって自転車は良い移動手段になる。そのために到着した家浦港の近くには数多くのレンタル自転車が用意されている。島内の道は坂道が多いので、電動アシストの街乗り小径車を借りる。主要道路は路面状態も良く、交通量も少ないので走りやすい。

最初に向かったのは島の最西端。市街地はすぐに終わり、山間の砂利道を抜けると鉄扉門に行手を阻まれる。ここから先に豊島の産業廃棄物処理場がある。ドローンを飛ばすと山や海から様子を伺うことができる。小さな建物が少しある他は何もない平坦で広大な土地だ。赤茶けた地肌が露呈した特異な光景は巨大なナイフで山野を削り取ったようであり、島に向かう船からもよく見える。

ここは日本最大と言われる有害物質を含む産業廃棄物が大量に不法投棄された現場に他ならない。公害調停が成立してから23年もかかって整地が完了したばかりらしい。巨大な負の遺産がようやくゼロの戻ったところだろうか。業者と行政によって混迷した50年間、ゴミの島や毒の島と言われた豊島は、ようやく「豊かな島」を取り戻そうとしているに違いない。

その産業廃棄物は、お隣りの直島に運ばれて焼却処分されたと言う。直島には大正時代から銅の製錬所があり、その事業を拡張して産業廃棄物を受け入れたそうだ。もっとも、製錬所は創業期から有毒ガスや汚染水を撒き散らし、周囲が禿山になるなど深刻な被害をもたらしていた。そこへさらに毒物を送り込んだわけだ。山火事もあって直島の北部は荒れ果てており、異様な雰囲気が漂う。

直島の北岸部(撮影:瀬川晃)

一方、豊島にしろ直島にしろ、今日ではアートの島として知られている。お洒落なスポットと見応えのある作品は人気が高い。訪れたのは平日ながら観光客で賑わっており、特に外国人らしき人が多い。地域振興としてインバウンドとして成功しているのだろう。それは同時に破壊された自然の鎮魂であり、再生への希求かもしれない。アートが隠れ蓑になっていると言えば言い過ぎだろうか。

青木野枝「空の粒子/唐櫃」(豊島)

他には男木島、女木島、伊吹島を訪れた。この中で自転車を借りれるのは女木島だけ。他は急な坂が多く、自転車は適さないのだろう。もっとも島が小さいので、主要箇所は歩いて回れる。入り組んだ迷路のような路地を上り下りするのは楽しい。だがそれは生活が厳しいことを意味する。いずれの島も廃屋となった民家や商店が多い。過疎化もまたアートが食い止めると期待されているのだろうか。

男木島の路地

豊島を含めていずれの島にも数多くのアート作品が設置されている。ただし実際に鑑賞できる作品は限られる。屋内作品は全滅に近く、強度のある野外作品だけが生き残っている。しかも、島内の案内板では可否が分からず、実際にも周辺を探し回ったことが少なくない。公式サイトのスケジュールマップを照合するのは面倒なので、ARビューやGPSマップで情報を提供すべきだろう。

栗林隆「伊吹の樹」(伊吹島)

さて、最初の疑問に戻ろう。この地域で自転車が活用されないのは自転車に適した地形が少ないからだ。そして本州と四国を繋ぐ瀬戸大橋は鉄道と自動車のみで、島から島へと自転車で渡ることもできない。また船は本数が少なく、自転車を乗せるには追加料金が必要になる。制約があまりにも多い。となると逆に日本最大のアーキペラゴである瀬戸内ならでは自転車の旅を考えたくなる。それは何だろう?

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