自転車と放蕩娘 (28) 個人史から語る女性ロードレースの歴史

秋晴れの気持ちのよい日には、たとえ近所でも自転車で出かけたくなる。最近はもっぱら、片道1時間くらい走るだけの短いライドだが、それでもモードが切り替わる瞬間が好きだ。結局のところ、鋭敏な身体を取り戻すことが、私にとってロードバイクを手放せない理由なのだと思う。次は、長距離や坂道も走りたいと欲が出てくる。

そんな省エネ(?)ライダーには心許ないが、女性のロードレースの歴史についての本があると聞き、読んでみた。ジャーナリストIsabel Bestがまとめた『Queens of Pain: Legend & Rebels of Cycling』(Rapha、2018年)だ。1890年代から1990年代初頭にかけて、世紀末の北米の競輪場に始まり1984年から5年間だけ開催されたツール・ド・フランス・フェミナンにいたるまで、レーサーの個人史をアンソロジーにまとめ、女性レースの歴史を振り返る構成になっている。

Isabel Best『Queens of Pain: Legend & Rebels of Cycling』(Rapha、2018年)表紙

この本の特徴は、ロードレースの歴史にとどまらない点だろう。筆者は、冒頭に「忘れられたサイクリスト」として1926年に撮影されたSuzanne Hudryの写真を象徴的に掲げる。フランス自転車競技連盟の公的な歴史によれば、1951年以前には女性の国内選手権は存在しなかったとされ、筆者は、Hudryをはじめ女性のサイクリストが抑圧されてきたと語る。ロードレーサーとしてだけでなく、スタントウーマン(Hélène Dutrieux)やスピードスケーター(Connie Carpenter-Phinney)、母親としての側面(Beryl Burton)を描き出し、第二次世界大戦に翻弄されながらもレース人生を貫いた(Evelyn Hamilton, Lubow Kotchetova)など、時代背景とともに多岐にわたる人物像を描き出す。その手法は、多様な女性像をとらえ、レーサーとして生きる道を切り開いた彼女たちの立場をエンパワメントしようという意図によるものと言えるだろう。

序文に掲載されているSuzanne Hudryの写真

レースに関しても、6日間のトラックレースから各地で行われたレースの記録、12時間のタイムトライアルから非公式のロードレースまで、多岐にわたる。ここから、女性がレーサーとして活動するステージそのものがいかに限られていたかが窺える。「The Australians」の章では、スポンサーとレーサーの非対称な関係が描かれている。スポンサーが興業で成功しても、レーサーとしての役割を終えた女性たちは秘書や販売員などの職業につくか、結婚を選択することを余儀なくされ、プロとしての立場を確保するにはほど遠かった。それでも、様々な立場の女性たちがレーサーとして生きる道筋を見出してきた。

第2回京都競輪(1950年)ポスター

『Queens of Pain』には、日本でのレースについて触れられていない。前回とりあげた「自転車のある情景展」展のカタログによると、1950年7月に開催された、京都府営の宝池京都競輪で女性選手が出場したという。この時期のポスターには、観戦する女性の姿がしばしば描かれている。実際にどれほどの数の女性が観戦したかは定かではない。その視線の先に女性選手はどのように映っていたのだろうか。

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