「究極の下駄自転車を考える」を書いた折、Critical Cycling主宰の赤松さんから「私も下駄自転車が欲しい」(大意)とのメッセージを頂いた。今回はそれを受け、ご本人との対談形式で「赤松さんのための下駄自転車」を考えてみることにした。まずは基本的な条件を検討し、「後編」でいよいよ実車を買う、もしくは組むところに追い詰めてゆきたいと思う。
宮田:赤松さん、こんにちは。
赤松:こんにちは。宮田さんの下駄自転車の記事を興味深く読みました。ちょうど日常使いができる自転車が欲しいなと思っていたところなので、具体的にどうしたら良いのか、相談させていただけませんか?
宮田:ありがとうございます。僕のフワフワした考えと知識に基づく言いっぱなしでよければ、ぜひお手伝いさせてください! 赤松さんは現在、下駄自転車といえるものをお持ちでないですか? あるいは素材になりそうな自転車とか。
赤松:普段気軽に乗っているのは6速のBromptonです。往復数km程度の通勤や買い物などはほぼこれですね。輪行で遠方に行った時は30〜40kmほど走ります。それ以上になると辛いですね。それから舗装道路以外もイマイチです。宮田さんの記事にあるような冒険ライドに繰り出せると良いのですが、どうでしょうか?
宮田:Bromptonいいですね。『折りたたみ自転車はじめました』の星井さえこさんのサイクリングでも活躍している王道フォールディング。太いタイヤを履けば未舗装もいけなくはないですが、気楽に冒険・探検的なことをやるのにはもっと車輪径の大きな自転車の方が向いているのは間違いないと思います。距離を伸ばす面でも、輪行をいったん脇に置けば大径の方が有利。他に素材になりそうな車体はありますか?
赤松:それ以外はロード・バイク(レア過ぎて下駄にできない)とか電動アシストのマウンテン・バイク(重過ぎて下駄にならない)とか・・・イレギュラーな自転車ばかりで素材にならないかも。
宮田:なるほどー。レア過ぎると扱いに神経を使いますね。eバイクは下駄として期待できるジャンルと感じていますが、まだ重さがネックかもです。では、新たに買う候補として考えている自転車はありますか? 新品でなくても完成車でなくても構いません。どの辺に惹かれるかも合わせてお聞きしたいです。
赤松:お、eバイクの下駄もアリとは嬉しいですね。ちょうどBESVのJG1はどうだろうと思っていました。電動アシストのグラベル・ロードですね。重量は15.8kg(Sサイズ)で、予備のバッテリーも入れると17kg少々。これを担いで倒木を越えられるかな? あと、ブリヂストンのTB1eは、テクロノジー的に回生エネルギー機構が大注目なのですが、22.4kgと有り得ない重さ。普段重くて閉口しているマウンテン・バイクより重い。
宮田:JG1かっこいいですね。しかし価格が自分の感覚だと下駄として使うにはドキドキしてしまうレベルです。もちろんそこは人それぞれなので赤松さんがOKならスルーしてください。重さに関しては、15kg程度でしたらちょっと倒木を越えるのは何ら支障ないはずです。階段区間を担いで抜けたりする場面や輪行も考えるとこの辺が限度かも知れません。もちろん車体形状や身体能力なども関係するので実際に担いでみるのが一番です。具体的なポイントの一つは、トップチューブ下に肩を入れて担ぎ易いかどうかです。トップチューブが細かったり逆三角形断面になっていたりして車重もあるとパッドが欲しくなりますし、トップチューブ下にワイヤーの類が通っているともう少し厄介です。とはいえ、数分も続けて担がないのであればサドル下に肩が入れば十分と思います。
赤松:なるほど。重量は軽ければ軽いほうが良いですか? 素材によって大きく違いますよね。金額はともあれ、下駄っぽいお勧め素材がありますか?
宮田:軽いのは嬉しいことではありますが、雑に扱えて修理も比較的容易で長く乗れるという点では鉄、クロモリがやや有利でしょうか。ただクロモリでも薄いものは乱暴に扱ってはいけないですし、一概には言えません。結局は形状や質感、剛性なども含めた好みじゃないですかね。
赤松:それでは山野や荒地の走破性はどう考えればいいですか? 贅沢を言うようですが、舗装道路もそれなりに快適に走れると嬉しい。マウンテン・バイクは電動アシストでも戦車っぽいなぁと感じてました。
宮田:ごく大雑把に言って、今時のマウンテンは性能の割り振りが悪路、特に下りに偏っているように思います。ちょっとした探検的要素を含む散策には走破性が過剰なんですね。舗装路も快走できて悪路も十分に楽しめる、という汎用性を求めると、現行の市販品としてはグラベルバイクと呼ばれるカテゴリーが最適といえます。また、他のカテゴリーの車体を改造して狙った乗り味に近づけていくことも可能です。赤松さんの電動アシストRidge Runnerも、フォークをリジッドにして1kgくらい減量、タイヤも少し細くてノブの少ないものにすればさらに1kg近く軽くなってアスファルトでの転がりも向上すると考えられます。
赤松:確かにダウウンヒルはしないので、サスペンションは大袈裟でしたね。購入してすぐにハンドルを短く切り落としてもらっています。フォークやタイヤを変えるのも良さそう。だったらなぜマウンテン・バイクなのだ?と言われそうですが(笑)。ともあれ、グラベル系は良さそうですね。このあたりのお勧めはありますか?
宮田:そうですね、手頃なものでは、「グラベルバイクだぞー」という売られ方はしていない非ドロップハンドルバーの車体になりますが、ジャイアントのGravierなんかは優れた下駄自転車ではないかとみています。まずヘッド角があまり寝ていないので、低速での前輪の倒れ込み、ホイールフロップが強くないはず。
赤松:おっと、ちょっと待ってください(汗)。ヘッド角って何ですか?ホイールフロップも分からない。それで言えば、先のリジッドもフォークの種類だろうなと思っていた程度です。
宮田:あ、すいません(笑)。リジッドとはサスペンション機構を備えていないということです。ヘッド角は自転車のトップチューブとダウンチューブを繋ぐ前方のパイプ、つまりヘッドチューブの傾きが水平を基準に何度あるか。この数字が大きいことを「立っている」、小さいことを「寝ている」と言い表します。ヘッド角は自転車の挙動に大きな影響を与える要素の一つで、ロードバイクでは73度あたりが標準的です。よくヘッドが立っているとクイック、寝ていると安定性がある、と言われますが、これは速度域や身体の使い方でも違ってくるので注意が必要です。赤松さん所有の自転車ですと電動アシストRidge Runnerはかなりヘッドが寝ていますので、低速域では前輪が勝手に切れ込み易いはず。この左右への前輪の勝手な倒れ込みをホイールフロップ(wheel flop)と呼びます。
赤松:なるほど。Ridge Runnerのジオメトリーを見るとヘッドチューブアングルが67.5となっています。これがヘッド角ですか? この数値が小さいので「寝てる」ってことですね。
宮田:はい、その通りです。ホイールフロップは乗っていて感じたことありませんか? 特に登り坂。登りでは速度が落ちヘッド角がさらに寝ますので、ホイールフロップで横に逸れようとする前輪を腕で押さえる労力がより顕著になります。電動アシストがオンだとそこを意識しなくて済むという恩恵があるのかもですが。
赤松:あまり考えたことがなかったです(苦笑)。ただ、ハンドルが長かったのもそうで、コントロールが過剰だなと思っていました。それで下駄としてはヘッド角が大きくて倒れ込みにくいほうが、低速で安定して走るよ、っと。賛成です、それ。
宮田:詳細は省きますが、寝たヘッドと幅広のハンドルバーはセットなんですよね。赤松さんのRidge Runnerは短いリジッドフォークを入れるとヘッドも少し立って面白いかも知れません。ホイールフロップの影響が大きくなる状況の一つがハンドルバーの前に物を積んだ時で、これは下駄自転車としてはそこそこ重要なポイントだと僕は思っています。行動中にアクセスし易いフロントバッグや前カゴに荷物を放り込んでいても低速でホイールフロップが目立たず、あまり腕に力を入れなくて済む、そういう乗り味を求めるならヘッドはあまり寝ていない方がベターと考えられるわけです。先ほど挙げたGravierはSサイズでヘッド角72度。リムブレーキなのも気楽でよいですね。こいつに担ぎパッドを上手く装着してやれば大体どこでもいけるでしょう。1x(ワンバイ)化すればさらに軽くなりますし、ドロップ化も工夫すればイケます。
赤松:お〜Ridge Runnerを調教するのも楽しそうです。これは下駄自転車関連企画として進めますね。ヘッド角についてはだんだん分かってきました。ブレーキはディスク・ブレーキのほうが効きが良い、つまり手軽にサクっと止まるので下駄っぽいのかなと思っていました。
宮田:油圧式のディスクだと少ない力で楽にコントロールできるのは確かです。リムの濡れや汚れの影響も受けません。一方、ディスクブレーキはローターに油分を付けたり曲げたりしないようにするのに割と神経を使うんですよね。駐輪場のラックとの干渉も不安要素です。機械式でもそうですし、油圧だとブレーキ液の管理も必要になってきます。リムブレーキは相対的にズボラでいけちゃうので、下駄自転車用にはメリットが勝ると僕は考えています。天候などによる制動性能の変化には、そういうものだと思って対応すればよいかなと。昔から沢山の人がリムブレーキで世界一周とかやってるわけですから。
赤松:気兼せずに使えて整備も簡単は下駄の条件ですね。納得です。それから、またまたでスミマセンが、1xってシングル・スピード、変速なしですか?
宮田:1xは前のリングが一枚、いわゆるフロントシングルのことです。マニアックな組み方を抜きにすれば、1×8か1×9あたりが最も無難なんじゃないでしょうか。下駄には十分で、軽量化になるだけでなく手入れも楽になります。x10あたりからは少し調整を真面目にやる必要が出てきます。自分に合ったギア比を見極めての完全なシングルも良いですね。
赤松:おお、変速ありで良かった(安堵)。ちょっとここまでをまとめると、重量、素材、フォーク、ヘッド角、ブレーキ、変速についてアドバイスをいただきました。
宮田:あくまで「ぼくのかんがえたさいきょうのげたじてんしゃ」ですので、そこはご了承ください(笑)。僕は改造するのが好きなので素材としてGravierみたいなのに惹かれるんですが、先日ツイッターである方が提案してくださったサーリーのPack Ratなんかはもう最初から出来上がってる感じがします。立ったヘッド角、標準装備のフロントラック、車体サイズに応じた26か650B(27.5)のホイール、リムブレーキ、ドロップハンドルバー、ワイヤーはトップチューブ上通しで担ぎもOK。正直、後からやることがあんまりなさそうでつまらない(笑)。赤松さんが目をつけておいでのJG1の仕様も見てみまましたが、ジオメトリーが未公開なのと、電動アシストの挙動をよく知らないのとでトータルでどんなものかを推定するのは僕には難しいです。
赤松:実は今週末にサイクル・イベントがあって、気になる自転車を探そうと思っていました。発売前のJG1も試乗できるそうです。実際に乗ってみた感触とか、見た目で気に入るかも大事ですよね。物色や試乗のチェック・ポイントがありますか?
宮田:最終的にはフィーリングが一番じゃないですかね。下駄自転車は様々な要素のバランスが大事とは思いますが、それだけじゃ面白くないですから。下駄をつっかけて飛び出ていくように日常的にヒョイっと乗れて、なおかつ毎回つい笑みが浮かぶような自転車がいい。どんな感じだったか、後日お聞きするのを楽しみにしています。
赤松:ありがとうございます。少し分かった気がしますが、まだまだ奥が深そうですね。下駄を見つけて下駄を履き潰す(?)まで、指南いただけると有り難いです。よろしくお願いします!
宮田:こちらこそ、ありがとうございました!