[車輪の言葉、車輪の数] 組み付け

気候がだんだんと温かくなり、新しい自転車を入手したならば、サイクリングの季節はすでに到来だ。新しい自転車は、完成した自転車をもう一台買うことに限らなくてもよい。バージョンアップやアップデートという手段もあるからだ。

服装に例えるならば、春に向けてひと揃いのスーツを買うことも新しい服装を手に入れることになるし、春らしい服や靴をそれぞれ個別に手に入れて自分の好みで組み合わせることも新しい服装へとアップデートすることになる。そうやって気持ちを新たにすることは、元号が変わるという制度を持つ日本文化が「リセット」と「リブート」を重要視している感覚にも合っている。


筆者の乗るロードバイク、Cielo by CHRIS KING Sportif Racer は2013年に組んだものだ。それから8年の時を経て、大掛かりなアップデートを行うことにした。ホイールを新しいものに取り換え、さらにタイヤやフロントフォークを同時に変更する。言わば車輪周りの総取り替えとなるメジャー・バージョンアップだ。自転車の走行のなかでも身体感覚に大きく影響することが予想される。

今回のアップデートのコアとなる素材は、Rolf Prima社のVigor Alpha Stealth、リムの高さ32mm、スポークの数が前輪14本、後輪16という極めて少ない数で組まれた独特のスタイルを持つアルミホイールである。かっこいい。

このホイールは「チューブレスレディ」の仕組みに対応しており、28cというロードバイクとしては太めの部類のタイヤを取り付けることができる。これまで使用していたタイヤはかなり細い部類の「チューブラー」方式の22cであり、大幅なワイド化、大容量化となる。かっこいい。

細く精悍なクロモリフレームに、フレームパイプの径よりも太いかもしれないぐらいのワイドタイヤがつくことによって、自転車の下半身にみなぎる力強さが立ちあらわれてくる。胴体に対する脚の巨大さのイメージを往年のスポーツ選手で例えるならば、スピードスケートのオリンピックメダリストである清水宏保、または、プロ野球阪神タイガース投手の藪恵一、あるいは井川慶のような身体バランスを彷彿とさせる。かっこいい。

タイヤのワイド化、それにともなうタイヤ空気圧の変化、それらによって引き起こされる走行にかかわる数字的な変化、これらは実際にロードを走ることによって身体が応答していくだろう。その変化はアップデートの結果として確認することができるものだ。

加えて自転車がアップデートされるプロセスについても、様々な言葉が浮かんでくる。徐々に温かくなってくる気候に揺さぶられ、高まる気持ちに押し出されるその語りは、留まることがないだろう。バージョンアップ内容を詳細に記述して、何が何パーセント向上した、どの性能に効果があらわれた、重量が何グラム変化した、と列挙していきたい気持ちはやまやまである。

だが、言ってしまえば、文章が自転車性能レビュー記事になってしまっては著者としても物足りないのである。まるで春の陽気のような新しい自転車への浮かれ具合が、いまいち伝わってこないだろう。自転車がかっこよくなったという事実を、自転車をかっこよく思う精神性と一致させるためにはどうしたらよいのだろう。


そこで考えた。かっこいいロードバイクは、その出来上がる過程もかっこいいのではないか。長年にわたって私の自転車の整備をはじめとする自転車ライフを支え続けてくれている自転車店の店主は、「自転車を組む」という言葉を好んでいるという。「店の定休日に店に一人でこもって、自転車を組み付けるっていう時間が好き」だという自転車を愛する技術者が、私のかっこいい自転車を組み付けている姿はそれもきっと、かっこいいだろうと興味がわいてくる。

そこで、店主にお願いをして、自分の自転車に新しいホイールやフォークやタイヤが組まれていくところを、動画によって観察させてほしいと願い出て、承諾をもらうことができた。

ここで話されていることは、自転車のカスタム、と、ひと言でいえばそういうことだ。私はさらにそのカスタムを完遂するために必要な組み付けの過程を、ロードバイクが新しい素材に出会い、技術者の手によって組み付けられ、出来上がった新しい自転車は自転車の乗り手へと新たな発見をもたらしていく、このような一連の流れの映像として形にすることを「車輪の民族誌」の発端として実践してみることにする。

このようにして新しくなった車輪の変化が、走る身体に影響を与えることとは?身体の動き方に対して自転車の方はどう応答していくのか?それは実際にロードで自転車に乗ることで言葉にすることができるだろう。乗りながらどのような言葉がでてくるのか、自分自身が一番楽しみでならない。

けっきょく、自転車のかっこよさを言葉にすることができるのは、自転車に乗っているときだけだ。その言葉を最も知りたがっているのは、自転車で走っている所有者自身なのだ。


撮影協力 whoo bicycles

One comment

  1. 改めて考えてみると、細いスポークで(しかも今回は少ない本数で)数十キロもの体重を支えられるのか疑問に思いました。連載をざっと見返してみましたが、そのあたりの解説はないですよね? ぜひ、初学者向けの車輪の力学講座をお願いします。

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