「Bicycles As Human Dreams」は、1992年に出版された化粧箱入りハードカバーの美しい写真集。約90ページに渡って、落ち着いたトーンで数々のクラシカルな自転車が紹介されている。写真と印刷のクオリティが高く、掲載された自転車は、いずれも美術品であるかのように格調が高い。いささかポエムがかった箇所があるものの、自転車の歴史を辿る解説文は簡潔で読み応えがある。
本書は、レオナルド・ダ・ヴィンチが残したとされる自転車のスケッチから始まる。宗教に支配され停滞した中世を抜け出し、溢れんばかりに芸術と科学の花が咲き誇ったルネサンスを代表する万能の天才。その彼が、世界で初めて自転車を着想したのは、自由の象徴である自転車として格好のストーリーだ。ただし、そのスケッチは余りにも稚拙で、後世の落書きとするのが今日の定説だ。
今日の自転車の元祖は、1818年にドイツのカール・ドライス男爵が発明したドライジーネとされる。これは、前輪と後輪を繋ぐフレーム上のサドルに跨り、足で地面を蹴って進む。ペダルやチェーンはないが、ハンドルで進行方向を変えることができ、後輪にはブレーキ機構もある。ちなみに、今日ではドライジーネの発明を1817年とすることが多く、今年2017年を自転車誕生200年としている。
ドライジーネの外観は、今日の自転車に驚くほど似ている。一方、二輪ではなく三輪や四輪の自転車も少なからず考案されている。しかし、前後二輪が主流になるのは、自転車の本質的特性であるミニマリズム故だろう。必要最小限のシンプルな機構が、最大限の効果を発揮する。三輪は停止しても倒れないが、二輪でも漕ぎ続ければ良い。自転車は移動する乗り物であって、椅子を兼ね備える必要はない。
さらに、ドライジーネの系譜が今日の自転車として普及するのは、その乗車姿勢が乗馬に似ているからに違いない。イギリスではホビー・ホースとも呼ばれた。乗馬は貴族階級にとってはルーツであり、庶民にとっては憧れだった。だから、三輪や四輪、あるいは二輪でもリカンベントは、決して主流にならなかった。日本の陸船車や新製陸舟車が注目されないのも、西洋主義の弊害かもしれない。
資料が少ない自転車と戦争との関係についても、イギリス空軍のパラシュート部隊が使用した折畳自転車や、フランス陸軍の自転車部隊が整列する写真が収録されている。軍用になったプジョーの折畳自転車も紹介されている。日本の銀輪部隊の自転車が収録されていないのは残念だが、自転車の多様な側面を取り上げる構成が素晴らしい。何度かページをめくるにつれて、新たな発見が生まれてくる。
なお、この写真集は、自転車博物館を訪ねた際に館長から頂戴した。収録された自転車は、すべて自転車博物館の所蔵品と言う。本書をながめると、また訪れて実物を見たくなること必至。ただ、ISBNや価格の表記がなく、非売品のようだ。これだけの素晴らしい写真集が、私家版として入手困難であれば、それはとても残念だ。一般販売と電子書籍化を検討して欲しいところ。