テイチライド 06:制作ノート|東京・東西往還

本稿では、2025年秋に開催された「再来さんや芸術祭」の上映プログラムに採択され、2026年春に「クリティカル・サイクリング展」でも上映する映像作品、『東京・東西往還』の設計思想について記述する。本作は、自転車を「都市の記述を解読し、再構成するための測定器」として用い、記述上の「不在」と「中心」の距離を身体的に検証する試みである。

今回の目的地、西新宿の副都心にある東京都庁。休日には人がいない。

制作のきっかけ:地域性と手法の合致

本作の制作が動き出したのは、居住地の近くにある山谷で「再来さんや芸術祭」という試みが始まったことを知ったのがきっかけだった。10年以上このエリアに住み、自分たちでも表現の場(space dike)を運営してきた身として、地域固有の文脈に接続された表現の動向は無視できないものだった。

2025年4月に発表された次期公募のテーマである「都市開発」「地域性」「漂流する土地」といったキーワードは、私が2020年から続けている路上風景のサンプリング手法「StreamSnap」の関心領域と深く重なる。既存の「非人称的な記録」という手法を、あえて山谷という極めて固有性の高い地域文脈に衝突させ、その結果を再びこの土地へ投げ返すこと。本作は公募プログラムに採択され、山谷の公園での屋外上映という形で結実した。

空間の定義:低視認性地域と「祝祭のねじれ」

山谷という領域は、行政上の住所や統計においてその名称が直接現れることは少ない。これを情報の「抹消」と捉えるのではなく、都市計画の記述における「視認性を意図的に下げられた(低視認性の)領域」と定義する。存在しながらも、記述の上では後景化されている状態が、この土地の特質である。

対照的に、三社祭という伝統的な空間記述のレイヤーにおいては、浅草から物理的に離れた山谷が「飛び地」の氏子圏として明確に定義されている。行政的な記述から外された場所が、祝祭の瞬間のみ中心的な空間と接続される。この「記述のねじれ」を、実測を開始するための論理的な起点として設定した。

手法:身体的実測による「断面」の抽出

本プロジェクトにおいて、自転車は地図上の座標をなぞるための「物理的なインターフェース」として機能する。
低地から武蔵野台地へと至る移動は、地形学的な勾配を身体的な負荷として受容するプロセスであり、同時に社会階層の変遷を横断する「断面」の抽出でもある。自転車に固定されたカメラは、撮影者の恣意的なフレーミングを排除する。路面の抵抗、信号待ち、交通流といった物理的な変数を等価に記録することで、都市の記述から零れ落ちた風景を一本の線(ログ)として再構築した。

往還の設計:幾何学的復路と行政スケールの観測

復路においては、地形への適応ではなく、地図上の最短距離に近い「幾何学的な直線」を選択した。

この直線上で、経由する自治体の区役所の前を通過し、その機能を観測した。休日における東京都庁(巨大な中心)が機能を停止し、周囲から隔絶された「空虚」として現出していたのに対し、各区役所の周辺には限定的ながらも人の気配と生活の連続性が保持されていた。中心から離れるほど、行政機構と個人の生が物理的に近接しているという、スケールによる密度の差異を実測データとして記録した。

今回の走行ルート。下が東から西に向かう往路、上が往路。左の端が都庁や新宿中央公園、右の端が山谷。

公共空間のフェーズ移行と「自由」の検証

復路の途上で立ち寄った新宿中央公園、および上野公園の比較により、都市空間の変容を再認識することとなった。
都庁に隣接する新宿中央公園は自転車の走行が禁止されているが、上野公園は走行が許可されている。この「走行可」という状況に一時の自由を感じるが、それは同時に、公園という装置の役割が次の段階へと移行したことの証左でもある。

筆者がこの東京に引っ越してきた30年前、上野公園には生活の埃っぽさと雑多な生の質感が充満していた。現在の風景は、単なる「浄化」ではなく、都市の仕組みが別のフェーズへと書き換えられた結果に見える。かつてそこに存在した「記述から漏れた人々」は、別の場所へと追いやられ、不可視化されている。700年前から続く三社祭もまた、この変容の中で何を残し、何を失ったのか。映像に記録された「現在の断面」は、所在不明となった存在たちの行方を探るための測量でもある。

浅草・合羽橋交差点。お祭りの空気が充満している。

展望:記述の反復と広域接続

山谷での上映を前提とした本作は、2026年3月の「クリティカル・サイクリング展」で再度上映を行う。
山谷の公園という、記述から零れ落ちた当事者たちの空間に映像を投影した経験は、移動という身体的ログを再び土地の記憶に編み直す作業でもあった。
松尾芭蕉が『おくのほそ道』で実践した、移動と記述を繰り返す「接続・反復」の構造。本作もまた、特定の地点を起点とした測量の断片であり、岐阜・大垣という新たな地理的文脈においても展開されるべきプロトタイプである。

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