2026年3月に開催される「クリティカル・サイクリング展」で発表する作品『細い道(接続・反復)1:25,000』は、自転車を都市解読のセンサーとして用い、インフラの積層と歴史的道程を再記述するビデオ・インスタレーションである。松尾芭蕉『おくのほそ道』の出発地(千住)と結びの地(大垣)という旅の枠組みを、現代の「1:25,000」という縮尺を軸に再構築する。

芭蕉の時代からここに橋が架かっている
1. 距離の換算:2,400kmを96mとして物質化する
本制作の根幹は、芭蕉が歩いたとされる約2,400kmという記号的な距離を、地理情報の標準規格である1:25,000へと縮尺し、物理的な質量へと置き換えることにある。
算出された「96m」を、情報インフラの規格品であるLANケーブルから抽出した「実体としての線」として会場に配置する。これは、かつて言葉によって綴られた距離を、現代の移動と通信を担保する情報の導管(プロトコル)として記述し直すための選択である。
2. 「15km」というサンプリングの単位と自転車の差異
普段の週末に自転車を走らせる延長線上で、起点・終点からそれぞれ「約15km」(1:25,000縮尺における60cm)の区間を辿った。ここでは、機材の差異が路面との摩擦、すなわち身体が土地から受け取る手応えの質を決定する。
- 千住セグメント(日常): 自身のTOKYOBIKE MONOを採用。身体の一部となった自車による移動は、路面との直接的な摩擦を負荷として感知させ、日常の延長としての確かな身体感覚を伴う。終点は最初の宿場町である草加。
- 大垣セグメント(非日常): 最初の宿場町である垂井を経て、関ヶ原へと至る。レンタサイクルの電動アシスト自転車を採用。電動によるアシストは、本来なら身体にかかるはずの負荷を和らげる一方で、地形から受け取るべき手応えや感覚を希薄にする。初めての道を辿る実感がどこか現実味を欠いた曖昧なものへと変化し、風景との間にわずかな距離感が生じていた。
3. インフラの隆起と地形への適応
走行中に身体が検知したのは、地形の変遷と道路レイヤーの重なりがもたらす物理的な抵抗の差異である。
- 人工の隆起: 千住側において最大の高低差を形成したのは、大正期に開削された人工河川・荒川(放水路)の堤防であった。芭蕉の時代には存在しなかったこの巨大な構造物は、かつての地表面を物理的に切断し、風景に不連続な隆起をもたらしている。
- 地形への適応: 対照的に大垣側の旧・美濃路は、後背湿地を避けるために自然堤防という微高地を繋ぎ、蛇行を繰り返す。これは泥濘を避け、少しでも硬い土地を確保しようとした生存のための記録である。
- 役割の移譲: 直線的なバイパスが地形に沿った旧道を無造作に遮断し、あるいはバイパスの開通がかつての国道を都道・県道へと変化させる。これらは、都市システムにおける役割の変化の痕跡として現れている。
4. 映像同期:「接続」と「反復」の構造
記録映像は、二地点の物理的な方位ではなく、タイトルの核である「接続」と「反復」の構造に基づいて同期される。
| 系統 | 内容 | 同期のロジック・走行ルート | 上映時間 |
| セットA(順方向) | 千住→草加 / 関ヶ原→大垣 | 目的地という未知へ向かう「接続」 主に旧道を走行 | 約9分 |
| セットB(逆方向) | 草加→千住 / 大垣→関ヶ原 | 拠点という日常へ戻る「反復」 主にバイパスを走行 | 約4分30秒 |
「細い道」という制約の中での移動を、目的地へのアプローチ(接続)と拠点への戻り(反復)として整理する。異なる土地での移動が、この共通の構造によって規格化された時間軸の上で反復される。
5. 可搬性を備えた記述の場
ベースとなる図面には、日本全域を均質な精度で網羅する1/25000の電子国土基本図を基にして、自由に範囲を指定できる「電子地形図25000」をモノクロ出力して使用する。
A0サイズの巨大な地形図は、F50サイズの組立式木枠に対し、磁石によって固定される。この仕様は、大きな図面を傷つけずに丸めて持ち運び、現場で速やかに展開できる「可搬性」を重視したものである。路面をタイヤでなぞる際に生じた摩擦が身体に手応えを与えたように、合理的な規格(地図)が物質的な現実(木枠)に着地する際の物理的な摩擦を、展示の仕組みとして提示する。
算出された96mの線が、地形図の上で物理的な実体として立ち現れる。その構成は大垣の会場にて完結する。

背後はIAMASが入っているソフトピアジャパンセンター
※:本ノートに記述された内容は2026年1月現在の制作プロセスに基づくものです。3月の展示に向けて、実証と検証を繰り返す中で、構成や仕様に調整が生じる可能性があります。