MIKOSHI RIDER – MAKE FRIENDS –

自転車に神輿を乗せて走ったらきっと楽しいだろうと長らく夢想していた。
そうしたある種の欲望に1年くらい取り憑かれている。

願いは願い続ければ叶うもので、遂に執着は身を結び、現在開催中の東京舞台芸術祭内の公募プログラムにて、来る11月1日(土)から11月3日(月・祝)の3日間、「MIKOSHI RIDER – MAKE FRIENDS -」を発表する。
神輿を乗せたチャリ is coming soonである。

東京舞台芸術祭ウェブサイト
https://program.tokyofestival.jp/ocp/program/394

チケット購入ページ
https://artsticker.app/events/92897


神輿を担ぐ、という行為を「みんなで移動する」ことだと捉え直したとき、それはグループ・ライドと極めて近しいのではないか、という考えに至った。

クリティカル・サイクリングのブログの中にも沢山の集団ライドについての記事があり、目的地への批評や行為への批評など、様々観点で論じられているが、記事の随所に垣間見える集合場所を決めて一列になってペダルを漕ぐこと、どんどん風景が切り替わること、時々休みちょっとお喋りをすることの中には、純粋な「楽しさ」が潜んでいるような気がする。僕の記憶の中にも、暑かった日に、寒かった日に、風が強かった日に、仲間と自転車を漕いだこと。色々な思い出がある。

そして、現在。地球の色々な場所で争いは絶えず、我々の日常だって決して手放しにHAPPYとは言えない時代だが、この混乱した世界の中で多様な人間がとりあえず顔を合わせて喋ったり共に運動することが、いま一番大切なことだと考えている。

また何より、神輿は古来より共同体の求心力として、非日常的なエネルギーを街にもたらす装置だった。その伝統的な装置を、自転車という極めて個人的で現代的なモビリティに乗せてみる。この接続は祭りの熱狂を、現代の都市における緩やかな連帯へと翻訳する試みだ。大の大人が真面目に神輿を自転車に乗せるという行為の、ある種のバカバカしさやユーモアは、効率と合理性が支配する都市空間へのささやかな抵抗であり、批評となり得るだろう。


MIKOSHI RIDERの思想的背景には、アーティストのリクリット・ティラヴァーニャの存在がある。

彼は美術館で来場者にタイカレーを振る舞い、人々が集う「場」そのものを作品化した。MIKOSHI RIDERは「一緒に自転車を漕ぐこと」を作品にする試みであり、共に走る身体同士の関係性を作品の中核に据える点、あるいは「みんなでチャリを漕ぐと楽しい」——それ以上でも以下でもない素朴な主張は彼の実践と響き合うと考える。

1. 「場」を作品化する

  • リクリット・ティラヴァーニャは「料理そのもの」よりも、「料理を介して生まれる集いの場」を作品化した。
  • MIKOSHI RIDERも、単なる移動や運動ではなく、その場で一緒に走る・すれ違う・立ち止まる身体の関係性が作品の中核になる。

2. 非対立的連帯の実験場

  • リクリット・ティラヴァーニャの料理は「見知らぬ人々を自然に同席させる」仕組みだった。
  • MIKOSHI RIDERも「同じ道を共有する」という非対立的な連帯を可視化する契機になり得る。

3. 一時性と再演性

  • リクリット・ティラヴァーニャは「一回きりの食事」を作品にしつつ、何度も異なる場所・文脈で再演している。
  • MIKOSHI RIDERによる、ライドも一回性の出来事で、この世界は無常で絶えず移り変わっていくように、自転車に乗る体験は常に一回きりの連続である。

ティラヴァーニャは「食」を介して一期一会の場を作った。MIKOSHI RIDERでもライドを一期一会の場と捉えているが、僕はDiscord(分かりやすく言うとオープンチャットが出来るLINEみたいなサービス)を用いて、その「場」を時間的・空間的に拡張することを試みようとしている。

舞台芸術祭の「MIKOSHI RIDER」参加チケットを購入すると、運営チームから専用のDiscordコミュニティへの招待URLが送られてくる。DiscordはMIKOSHI RIDERにおいて単なる連絡ツールではなく、ライドを拡張し、持続可能なコミュニティを形成するための役割を果たす。

  1. リアルタイムな空間拡張 ライドの様子が写真がリアルタイムでDisocrdに共有されることで、物理的なライドの「場」は地理的な制約を超える。遠隔地にいながらライドに参加したり、街のどこかでその様子を覗き見たりすることが可能になる。物理的に共に走る身体だけでなく、デジタル上で並走する意識をも巻き込む。
  2. アーカイブによる時間拡張 ライド中に見かけた風景や感じたことを、参加者は自由に投稿できる。ライドが終わった後も、それらの投稿はDiscord内に「共走の証」として積み重なっていく。一回性の体験は消え去るのではなく、コミュニティの共有財産として記録(アーカイブ)され、いつでも参照可能な記憶となる。

Discordが可能にする「緩いつながり」こそが、グループ・ライドへの多様な関わり方を許容すると考えている。僕は舞台芸術祭以後も今回作成するDiscordチャンネルを運用し、定期的にみんなで自転車を漕ぐ機会を作るつもりだ。日時と場所をDiscord内で連絡し、神輿自転車に乗ってそこへ行く。自分以外誰も来なくても走ってみる。思うに「MIKOSHI RIDER」において、神輿は結集のためのシンボルであり、グループ・ライドを行うための「口実」なのだ。

クリティカル・マスという多数の自転車利用者が都市部の公道を大勢で集団走行することで、社会に自転車の存在をアピールする社会運動がある。リーダーを持たず、事前に決められたルートもなく、先頭の人がその場で進路を決めながら群れのように動く。毎月開催など定期的に繰り返されることでコミュニティは維持されていく。

一方「MIKOSHI RIDER」は今後どのような活動になっていくだろうか。その行方はまだ決まっていないし、一緒に自転車に乗ったりDiscordで交流をしながらディスカッションをしていきたい。

この記事を読んでくれたあなたと会期中のどこかで一緒に自転車に乗れることを切に願っている。

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