自転車で巡るアンコール遺跡群

筆者が初めて訪れた国外の街はカンボジアのシェムリアップだった。20歳のことだ。

「本当に目的地に到着するのだろうか」と不安になりながら空港でトゥクトゥクに乗って、真っ暗な闇の中で心臓の高鳴りを感じたことを昨日のことのように覚えている。シェムリアップの街が放つ活気やアンコール遺跡群のスケールの大きさに圧倒されて、それまで自宅と大学図書館と映画館を往復していた塞ぎ込みがちな生活から一転、その数年後には旅行会社に就職をしていた。

三度目のシェムリアップ旅行である今回においても自転車を使って街を巡った。

シェムリアップは筆者がこれまで訪れた都市の中で、最も自転車に乗ることが楽しい街だと思っている。日本と比較すると道路の整備状況は劣るものの、他の東南アジア諸国よりも自転車やオートバイの数が少なく走りやすい上に、街から少し離れた場所にアンコール遺跡郡という巨大な歴史的な遺構がある。遺跡群のエリアは閉ざされた森林を観光のために切り開いた過去があるため、今でも緑が残っているし、沿道には小さなレストランや小さな商店が立ち並んでいる。それはとてもエキゾチックな光景だ。

遺跡群エリア沿道の様子

コロナ禍を経て四年ぶりに訪れたシェムリアップで今回一番驚いたのは、自転車環境が整備されていることだった。

十年前にシェムリアップを訪れた際にはママチャリに乗ること以外に自転車の選択肢がなく、自転車のフレームには油性ペンで「〇〇高校 田中太郎」と書かれており、盗品を日本から輸入しているような想像が働いた。

十年前もやっぱり自転車で遺跡を冒険!

時を経て、今回の旅で筆者が乗ったのはよく整備されたマウンテンバイクで、タイヤも太く荒れ道でも難なく移動することが出来た。街中で学校の制服を着た少年や少女が同様のタイプの自転車に乗っている様子を何度か見かけたことから、少しずつ国が裕福になっている様子を肌感覚で捉えることができた。

クリティカルサイクリング主催 赤松正行がシェムリアップについて執筆した2019年の時点で観光客用の自転車の選択肢の多さが伺えるが、現地の人たちが乗る自転車にも変化を観察出来たのは今回の旅の大きな収穫だった。

今回乗ったマウンテンバイク

街の中心からアンコールワットへ続く道には新たに自転車専用道路が整備されていた。乾季には35度を超えるシェムリアップだが、日本より湿度が低いせいか、砂埃の中をすいすいと自転車を漕げる。

アンコールワットへ続く自転車専用道路

有料のチケットを買って入場することが出来る遺跡エリアの中には駐輪場が設けられていた上に、ゴミ箱が至る所に設置されていた。係員も増え治安の良さも感じる。アンコール遺跡はとても広く市街地までも遠いが、ピンチの時に頼れる安心を感じた。

遺跡内のゴミ箱

4年ぶりのアンコール遺跡群は記憶の中の佇まいと同じ形をしていた。コロナ禍を経て社会情勢やライフスタイルが大きく変わり、無職だった筆者においてもIT企業勤務を経て何故か大学院生になっていたが、心の故郷は変わらずに筆者を待っていてくれた。今回の旅はアンコール遺跡群を通して過去の自分と再会したり、新しい自分を肯定する旅だったのかもしれない。

自転車以外のアンコール遺跡群の探索方法として、トゥクトゥクと自動車があるが、いずれもドライバーは観光ガイドとしての役割を兼ねるので立ち止まりたい場所で立ち止まることが出来ない。ふとした場所でペダルを止めて、そこでの風景を気が済むまで目に焼き付けることが出来ることが自転車のいいところだ。そうした立ち止まりたい風景がアンコール遺跡群にはたくさんある。一緒に行った友人たちと陽が沈むまで貯水池で寛いだ何ともない時間とその風景を僕はきっと死ぬまで記憶することになる。

なんてことのない、だけどずっと覚えている風景

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