チカーノの”Lowrider Bicycle”

”Lowrider Bicycle”は「チカーノ」と呼ばれるアメリカ西海岸・イーストロサンゼルスのメキシコ系移民達が生み出したカルチャー、”Lowrider”の一部として存在している。

“Lowrider”は「チカーノ」の社会的・経済的な状況と彼らの創造性が交差した結果として誕生したカルチャーである。1950年代、「チカーノ」コミュニティでは多くの家庭が新車を購入する経済的余裕がなかった。そんな彼らは安価な中古車を購入し、自分たちのスタイルとアイデンティティを反映するカスタムを施すことで、新車に負けない豪華さを持たせようとしたのだ。それが今では世界中にその美学が知られている”Lowrider”の始まりとされている。

1950年代、白人の間ではHot rodが流行していた。Hot rodとはエンジン内部パーツが熱くなる位にまで軽量化、チューニングを施し、とにかくスピードを求めるカスタムスタイルだ。一方で「チカーノ」の”Lowrider”は車の底部(ボディ)を地面に近づけ、緻密な装飾、ペイントを施し、さらに「low and slow」低く、ゆっくりと乗ることを重視したカスタムであり、裕福な白人による速さを求めたHot rodの対抗文化としても存在していたのである。

Schwinn Stingrays 1963

1960年代に入ると、「チカーノ」コミュニティにおいて”Lowrider”という文化が成熟し始めていた。1963年に、アメリカの自転車メーカーSchwinnが子供向け自転車「Sting-Ray」を発表した。バナナシート、小さなホイール、大きなハンドルを備えたその独特のデザインは、すぐに子供たちに人気を博し、アメリカ全土で大ヒットとなった。実は、「Sting-Ray」はカスタムを前提とした設計で、カスタム好きの「チカーノ」たちの目にもとまったのだ。「Sting-Ray」を”low and slow”の原則に基づき、フォークを曲げたり、小さなクランクを使用して車高を極力下げるといったカスタマイズを施すことで、”Lowrider Bicycle”の原型が生まれたのだった。”Lowrider Bicycle”が広く認知される前のこの段階は、一部の人々が独自にカスタマイズして楽しむ程度だったと考えられている。

大きな変化が訪れたのは1970年代である。BMX(Bicycle Motocross)が出現し、「Sting-Ray」の人気が下降し始めたのだ。「Sting-Ray」が市場での地位を失い価格が下がったことをチカーノの若者たちは、見逃さなかった。手軽に入手できる様になった「Sting-Ray」でこぞって”Lowrider Bicycle”を作るようになったのである。”Lowrider Bicycle”によって「チカーノ」の若年層も”lowrider ”に参入する機会を得、”Lowrider”全体の広がりを後押しすることきっかけにもなった。

「チカーノ」の人々には「価値のない」物や行動に対して再評価と再解釈を施すことで、一見価値のない物事に対して新たな価値と美を見いだす思想が根付いている。”Lowrider”や”Lowrider Bicycle”はこの思想の具体的な表現の一つであり、一見価値が低いと考えられる古い車や自転車を、創造性あふれる手法でカスタマイズし、新たな価値を見出しているのだ。さらにそのカスタマイズは、単なる物体の改造にとどまっていない。単なる移動手段としてのモビリティを自己のアイデンティティや創造性を表すための存在へと変容させているのだ。

「チカーノ」が生み出した”Lowrider Bicycle”はアメリカ全土、さらには世界中に広がり進化し続けている。日本でも”Lowrider”と共に”Lowrider Bicycle”が1980年代から普及し始め、その後HIPHOPカルチャーとともに成長していった。近年、盛り上がりを見せるのは二輪車が主な交通手段である東南アジア諸国である。東南アジアでは、”Lowrider bicycle”は個々のアイデンティティを表現する手段として、非常に注目されている。カスタムイベントやショーが頻繁に開催され、新しいスタイルやアイデアが共有され、西海岸生まれの”Lowrider Bicycle”が東南アジアで活性化されているのだ。

自転車は通常は、人間工学に基づいて設計され、効率的な移動手段としての機能を果たすように作られている。それに対して、”Lowrider Bicycle”は形状と機能が一見相反する様に見える。この特異なデザインは、自転車を単なる移動手段から自己表現の手段へと昇華させている。”Lowrider Bicycle”は自転車に対して自己表現を追求するためのキャンバスのような役割を与えたのである。

参考文献

McQuilkin, K. S. (2009). A Primer on the Aesthetics, Fabrication, and Culture of Lowrider Bicycles in West Texas: Participant Observation through the Lens of a White, Middle-Class Male, Artist/Educator (Doctoral dissertation, Texas Tech University). 

新津, 厚子. (2020). 境界の美的感性「ラスクアチスモ」とその可能性 : チカーナ/チカーノの日常の諸表現から. 境界研究, 10, 71-91. http://hdl.handle.net/2115/78156

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