女性と自転車を切り口に始めたこの連載では、女性の作り手/乗り手にフォーカスすることもあれば、作品などに登場する自転車に乗る女性の表象を扱うこともある。いずれにしても、明確に女性が関わっていることがわかる場合が多いが、時折どちらにも含まれないケースがあることにお気づきの方もいるだろう。そんな時こそ、立ち止まって考えてもらえたら嬉しい。
オラファー・エリアソンの《あなたの新しい自転車》も、車輪が鏡でできた自転車から、一見して連載の趣旨とどんな関係があるのか想像しづらいだろう。私自身、この作品と出会ったのは昨年の展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」(東京都現代美術館、2020年)だった。気になった作品ではあったが、この作品をジェンダーと絡めて理解することに抵抗があった。いや、今でもそう断定するつもりはないのだが、シンプルな構造ながら見る人の解釈に委ねられた作品だと改めて感じ入ったのである。
この作品について知る手がかりを得るために、エリアソンのウェブサイトを訪ねると、図版と並んでいくつかの単語が明滅している(movement/ museum-city relation/ on wheels/ borrowed view/ reflection/ urban space/ wonder/ double perspective)。実はこの作品は、2010年にベルリンのマルティン・グロピウス・バウで開催された個展「都市の内側と外側」のために、同様の自転車12台を説明や出処を明らかにしないまま市内各所に放置したもので、パブリック・プロジェクトの記録写真を通して、当時の様子を想像することができる。明滅する単語にもさまざまな解釈の余地があるが、「movement」「borrowed view」「urban space」「double perspective」に、私が考えるジェンダーと重なる要素を感じた。性差の役割を線引きせずに、互いの視点を借り合うような関わりが理想だ。むろん、ここで考えられる「他者」や二重の視点はジェンダーに限ったことではない。
《あなたの新しい自転車》に呼応して、「都市の内側と外側」展に先立って行われた公開実験「動き続ける公園(公園のためのデザイン)」(2009)を思い出さずにいられない。地面に白線を引いて空き地を公園に作り替えるというもので、このアイデアはケベック州アモスで行われた「公園のための提案(Proposal for a park)」(1997)に遡る。ベルリンでは、公園の芝生と歩道に白線が引かれた。一見してわかるように、白線は消えては引き直すことのできる一時的なものだ。行政の区分や内と外を分けるために設けられた境界を白線で上書きし、日常の風景を変える。《あなたの新しい自転車》もまた、周囲の風景を映し込み、反射し、移動を促す作品だ。エリアソンの取り組みは、ささやかなようでいて、公共性に対するラディカルな問いを投げかけているように思えるのだ。
- オラファー・エリアソンの取り組みについては、赤松正行「歩行者・自転車専用、コペンハーゲン5つの橋」(2017.6.30)も参照。
- 図版はすべて「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」(東京都現代美術館、2020年)カタログより転載。
ご紹介ありがとうございます。この作品、気になっていましたが未見です。美術館では動体展示か行われていましたか? 自転車が動くとさらに魅力的だと思います。
類似した機構のDIYと走行の様子を収めた動画がありました。車輪の回転が回転のように感じられないですね。
https://youtu.be/2bfAwSN9r-g
動画の後半で、キックボードに乗った子どもたちが、自転車に気づいて「!?」となる場面がおもしろかったです。
このプロジェクトは、記録写真として展示されていて、自転車そのものは美術館では見られませんでした。プロジェクトは、2011年にサンパウロでも行われています。
エリアソンの場合、プロジェクト自体は街の中の体験として企画され、それを記録として流通させ、鑑賞するのはまた別の体験なのかなとも思います。次のプロジェクト開催に期待しましょう!