イギリスのロック・グループ、ホークウィンド(Hawkwind)が1972年にリリースした「シルバー・マシン(Silver Machine)」は、UKチャート3位のスマッシュ・ヒットとなった彼らの代表作。典型的なベースラインとギターリフ、そしてシンプルで力強いドラムが印象的なブギー・ロック。後にモーターヘッドで活躍するレミー・キルミスターが独特のダミ声で力強いリード・ボーカルを取る。
ホークウィンドの音楽はスペース・ロックと呼ばれていたこともあって、この曲で歌われる銀色の機械とは宇宙ロケットだと思っていた。疾走するホワイト・ノイズのフィルタ・モジュレーションや、異星人じみたメイクで奇妙な仕草を続けるダンサーは、そう思わせるのに充分だろう。歌詞にも空の向こう側に行くとか、すべての星座を結ぶ電気の経路とか、宇宙的な情景が織り込まれる。
ただ、単純な曲調なので、それほど興味を持てなかった。基本的に歌っている内容も、シルバー・マシンを手に入れたぜ、オマエも乗らないか?シルバー・マシーンだぜ、うっひゃあ!とひたすらイケイケ調子。ビデオの演奏風景でも、目も虚ろなヒッピー野郎が長髪を振り乱している。ドラッグでフラフラになりながらの、サイケデリックなトリップ。実際の演奏もハチャメチャだったに違いない。
ところが、最近になって自転車に関連する楽曲として、この歌が取り上げられていることに気がついた。シルバー・マシンとはロケットではなくて自転車なのか? 半信半疑で調べてみると、英語版のWikipediaに、この曲の作詞者であるロバート・カルバートの発言が収録されていた。彼はアルフレッド・ジャリにインスパイアされて歌詞を作ったと言う。
私はアルフレッド・ジャリの「タイム・マシンの作り方」なるエッセイを読んで、誰も論評したことがなく、従って誰も考えなかったであろうことに気付きました 。それは、彼が書こうとしたのは自転車に違いないということです。
(中略)
当時、宇宙旅行に関する多くの曲があり、NASAが現実に実行していた時でした。彼らは月に人を送り込み、そこに駐車場からハンバーガーの屋台まで、あらゆるものを設置しようと計画していました。そこで私は、それらのパロディとしての曲を思いついたのです。それが「シルバー・マシン」でした。
シルバー・マシンの由来は実のところ、私は銀色の自転車を持っていて、誰も他の人は持っていなかったからです。人々は、我々が宇宙を旅する宇宙船のことを歌っていると思ったに違いありません。しかし、実際には私は銀色のレース用自転車を歌っていたのです。それは私が少年の頃のことで、実は今でもその自転車を持っているのです。 – ロバート・カルバート
なるほど、彼が狙ったように、筆者もシルバー・マシンとは宇宙ロケットだと惑わされたわけだ。しかし、ジャリのエッセイを読んでも、その主題が自転車だと確信した理由までは分からない。数式まで織り交ぜながら時間旅行について論述しているものの、自転車については「タイム・マシンは自転車の鋼鉄の骨組み同様、黒檀の骨組みをしている」といった記述がある程度だ。
ちなみに、ジャリは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの小説と戯曲の作家。シュールレアリスムの先駆者の一人で、不条理な作風で知られている。アルコールとドラッグにまみれ、結核により34歳で死去する。そのような退廃的で不健康な生活を送る一方で、無類の自転車好きであり、レースや競争に明け暮れていた。それはジャリの代表作「超男性」にも描かれている。
同様にホークウィンドもまた、ドラッグやアルコールにまみれたサイケデリックの申し子だ。健康的な自転車と破滅的なドラッグとは、イメージが結びつかない。しかし、LSDの発見と自転車のエピソードもある。サイクリング、特にヒルクライムは、ナチュラル・ドラッグとも称される。そこで、シルバー・マシンは意識の宇宙へ飛び立つ自転車だったと考えれば、なんとなく納得できるかもしれない。