2005年のリヨンなど小規模な実施例を除くと、大都市での自転車シェアリング・システムは2007年にパリに導入されたVélib’(ヴェリブ、以下Velibと簡易表記する)だ。筆者は翌2008年4月にパリの街角で見かけて驚いたことを覚えている。何しろ灰色の戦車のような自転車が十数台並んでおり、しばらく歩くと次の一個小隊に出くわすといった具合に、何やらパリが自転車部隊に占拠されたように感じたからだ。
このVelibは従来の自転車レンタルとは大きく異なる。従来はショップで自転車を何時間か借りて、元のショップに返却する。ショップでは店員が対応するので、開店時間内の貸し借りになる。これに対してVelibでは、スタシオンと呼ぶ駐輪場で自転車を借り、異なる場所に返しても良い。貸し借りは端末やカードで行い、24時間年中無休で利用できる。30分以内であれば、追加料金なしで何度でも利用可能だ。
典型的な利用形態は次のようになる。オフィス横の駐輪場でカードをかざして自転車を借りる。自転車に乗って1kmほど先のマーケットに行き、そこの駐輪場に自転車を返す。買い物をすれば、また駐輪場で自転車を借りて今度は最寄りの駅に向う。駅の駐輪場に自転車を返し、電車に乗って自宅に帰る。といった具合。つまり、実際に自転車に乗るだけの短時間利用を必要回数繰り返すミニマム・レンタルと言える。
このような利用を可能にするには、歩いて行ける範囲に駐輪場があり、電子的に管理された自転車が必要だ。そして、多くの人が滞りなく利用するには、多数の駐輪場と多数の自転車によるメッシュ・ネットワークが構成されなければならない。実際にVelibは当初は約10,000台(現在は23,600台)の自転車を用意し、パリ全域で300メートルおきに約750ヵ所(現在は郊外を含めて1,800ヵ所)の駐輪場を設けている。
当時は自転車に興味を持っていなかったが、それでも見知らぬ都市に行くと水路や自転車で街を巡っていた。そこで、ボルヌと呼ばれるスタンド型の利用端末と格闘したが、実際に利用することはできなかった。ICチップ入りのクレジット・カードを持っていなかったのが原因だが、操作が難解で困惑した記憶がある。現在は日本語表示もできるそうで、ユーザ・インターフェースも改善されていると期待したい。
次に2010年5月に富山市を訪れた際に、ピカピカの自転車軍団を見て再度驚いた。それは1ヵ月ほど前に登場したアヴィレだった。カラーリングは違うが、自転車も利用端末もパリのVelibとほぼ同じであり、記憶が蘇った次第。実際にも同じJCDecauxなる広告代理店の子会社シクロシティが導入したそうだ。Velibのヨーロッパ以外への初導入であり、日本でも初の自転車シェアリングとなったと言う。
ここでも自転車を利用しようとしたが、郵送での事前登録が必要で、観光客は利用できなかった。ただ、市長と会食した際に興味を伝えると、試用カードを借していただいた。実際に乗った自転車は、まさに戦車。あらゆるパーツが大きく頑丈であり、全体としてかなり重たい。走り出せば軽快に進むが、漕ぎ出しは一苦労だ。なお、現在は2日または7日パスであれば、WEBサイトで利用登録ができるようだ。
さらに同じ年の9月に中国の杭州(Hangzhou)を訪れると、ここにも同様の杭州公共自行车が導入されていた。知人にカードを借りて乗ったところ、同じく戦車ながら、多少軽量であった。ただし、変速がなく乗り心地はイマイチで、整備が悪いと感じた。自転車の形状やロックの仕組みなどがVelibとは異なっている。杭州のシステムは中国最初の導入であり、なおかつ世界最大規模だそうだ。
これらの他にも同時期にヘルシンキやバルセロナでも類似したシステムを見かけた。まさに2000年代後半から、先進都市が競って自転車シェアリングに取り組み始めたのだろう。これは自動車の過密化が引き起こす交通渋滞や環境汚染など、都市の機能不全解消の取り組みだ。自転車は地下鉄やバスなどよりも効率的で安価な移動手段であるし、利用者の健康増進に繋がり、大気汚染などの公害には無縁だ。
何よりも自転車は利用者個人の自律的な移動を可能にする。つまり、気軽に行きたいところに行けるわけだ。これはちょうど2000年代後半に始まったスマートフォンの潮流とも一致する。いつでもどこでも使える移動手段と、いつでもどこでも使える情報端末。2007年のVelibと2007年のiPhone、見事な一致と言うしかない。もちろん、これらはモバイル・サービスとして連動し、相互に強化されるようになる。