先の記事で述べたように、パリで自転車シェアリング・システムを試せなかったものの、富山と杭州では試乗することができた。その印象は戦車のように無骨で重たい自転車と言うのが正直なところ。ただ、試乗は短時間であったし、その街の住人のように使ったわけではないので、真価を確かめたとは言えない。都市型のシェア自転車にじっくりと乗ったのは、2014年および2016年のロンドン訪問時だった。
ロンドンでは、2007年のパリVélib’の成功をうけて、当時市長であったKen Livingstone氏が自転車共有構想を発表する。他の大都市と同じく、ロンドンも自動車の過密化による大渋滞と、排気ガスによる環境破壊が深刻だったからだ。これに先立つ2003年にLivingstoneは渋滞税(Congestion charge)を導入。ロンドン中心部に乗り入れる自動車に課金することで渋滞緩和を狙った制度だ。
その構想を引き継いだ次の市長Boris Johnson氏が、2010年7月からBarclays Cycle Hireの運用を開始。自身がサイクリストでもある市長にちなんでBoris Bikesとも呼ばれたらしい。黒地に水色の差し色が印象的な自転車は、2015年にスポンサーが変わってSantander Cyclesと改称、配色も濃紺地に赤の差し色となった。ちなみに、BarclaysもSantanderも銀行の名前だ。
このロンドンでの自転車シェアリングは、当初5,000台の自転車と315ヵ所の駐輪場で始まり、2016年11月には自転車13,600台、駐輪場839ヵ所に拡大している。しかも、Cycle SuperhighwayやQuietwayといった自転車向けの道路整備も行われている。統計資料によれば2016年3月の時点でのアクティブ・メンバーは22万人以上、利用回数は多い月で110万回以上となっている。
Santander Cyclesを利用するには、駐輪場(正式にはDocking Station)の利用端末(Terminal)で、日本語表記も選べるタッチ・スクリーンを操作して行う。1日(24時間)の利用料金£2をクレジット・カードで支払えば、印刷された解除コードが得られる。自転車はどれでも良いので、自転車の左側の番号キーで解除コードを入力すれば、ロックが外れる。これで自転車を引き抜くようにロックから外す。
自転車は空きがあればどこの駐輪場に戻しても良い。返却は、貸出とは逆の要領で、自転車をロックに押し込む。この時に番号キーの上の緑のランプが点灯すれば返却完了。24時間内は30分以内で何度でも利用できるが、30分を超える度に£2が加算される。筆者はレンタル自転車の感覚で1時間少々乗ってしまい、超過料金£4を支払うハメになった。一度に長く乗るのではなく、短めに何度も利用するのがコツ。
駐輪場の利用端末だけで一通りのことができるが、Santander Cyclesの専用アプリをインストールしておくと、さらに便利だ。このアプリでは駐輪場の場所を確認して利用状況も把握できる。そして、アプリで解除コードを得て自転車を利用する。このコードは10分間有効でキャンセルも可能なので、ちょうど自転車の予約のように使える。利用の履歴の確認や道路事情などのニュースも得られる。
このロンドンの自転車シェアリングは2014年に2回、2016年に数回利用した。いずれもシティ(ビジネス街)とソーホー(繁華街)の間に滞在したので、駐輪場は歩いてすぐのところにあった。慣れるとシェア自転車は「サンダル」のようになり、買い物や食事に行くのに気軽に使える。通常の自転車のように自室に運び込んだり、街角に駐める時はロックをしたりといった手間が要らないので、随分と気が楽だ。
また、借りたい駐輪場に自転車がなかったり、返却したい場所が満車だったことはない。実はこれ、大型トラックが定期的に巡回して、自転車が偏らないように移動分配しているからだ。また、市中の数ヵ所に自転車基地があり、故障した自転車を修理している。考えてみれば当たり前だが、自転車シェアリング・システムは設備やアプリだけの自動稼働ではなく、裏方の人々の不断の努力で成り立っているわけだ。
肝心の自転車の乗り心地はと言えば、ロンドンもまた戦車だった。車体は無骨なまでに屈強で、総重量は23kg強と重たい。このように頑丈な作りであるのは、故障や破損を防ぐためだろう。だが、それほど利用者は乱暴に自転車を扱うのだろうか。私物ではなく共有物だからこそ、大切に扱うべきだ。シェアリングの次なる課題は、そこにあるような気がする。システムではなく人々の意識の進化が求められている。