[車輪の言葉、車輪の数] 車輪の先発明(主義)

「車輪の再発明」という言葉がある。

すでに一般に広まっている技術を知らないまま、新たに開発された技術だと考えているようなことを「それは車輪の再発明をしているようなものだ」と言うときがあるが、これは車輪があることを知らずに一から発明しようとする取り組みを咎めているというよりも、その取り組みが結果的に時間や労力や経費などを無駄にしてしまう、ほんとうは省くことができた仕事を省けなくする、そのような損失に対しての「もったいなさ」を指摘することが、この言葉の用法としてしっくりくる。

車輪に限ったことではなく知識や技術全般についても、再発明をすること自体は何かをつくる過程の体験を通して学ぶことでもあるだろう。今はコンピュータがあることを知っていても、小学校では小数点を用いた計算の手順を習っている。それは、計算方法を発明することの追体験でもある。再発明を体験することは、前もって知識があれば省ける時間の無駄もコストの無駄も省けるとしても、あえて無駄にしてもかまわない状況下ならば、かたちのない技術を人の手から手へ伝えていく有効な方法となる可能性も持っているかもしれない。

ところで、では実際のところ自転車の車輪について「これは私が最初に発明したことです」とされているものは、どのようなものが、どれだけの数あるのだろうか。長い歴史をもつ車輪の技術だけにそれはとても計り知れないことだが、ここでは発明者だけがその発明や発見についての排他的権利を有することができる、そのような権利を保護するための仕組みであるパテント、つまり特許の制度に着目した。

パテントを申請して認められて公開されることによって、あとから技術開発をする人が、既に発明されている技術があるかを調べたり、自分が開発している技術の新規性がどのような部分にあるのかを把握することができる。もちろん、パテントが人に使われることで発明者は権利を収益に変えることもできる。

パテントのうち、自転車の車輪のつくり方に関するものはどのくらいあるのだろうか。それを調べる方法はいくつか考えられるが、Google Patents を使って特許の数をしらべてみた。検索するキーワードには「bicycle wheel」という組み合わせを用いたり、そのほかの車輪を構成する部分として「Hub」「Spoke」「Rim」などのキーワードも組み合わせて調べてみた。

Google Patentsで調べた特許の詳細画面

例えば、bicycle、wheel をキーワードとした検索結果は 13万件以上が登録されている。精密さや精度が求められてパテントの詰まっていそうなイメージのあるハブや、ラジアル組みやタンジェント組み、カンパニョーロのG3組みなど、様々な組み方があるスポークといった、キーワードを加えてつけると4万7千件になる、などであった。(2020年12月現在調べ)

ただ、調べてみたものの、この数の多い少ないについては、正直なところ、あまり分からない。この数を見たところで、車輪の発明は盛んだとか、発明の余地は残っていないとか、判断することは難しい。そこで、Google Patentsで検索を実行したときの集計割合を見てみた。

検索結果について、Assignee、Inventor、CPCsなどという項目ごとの比率が表示されている。Assigneeとは、発明者以外の譲受人のことで、シマノ、カンパニョーロ、トレック、スペシャライズド、など、自転車関連企業として有名な会社名がならんでいる。これらの集計は、だれがどれだけ車輪のつくり方についての発明に多くかかわっているか、さらなる再発明をもたらして車輪を進歩させようとしているかを表している、という見方もできる。


発明のAssigneeとはどういうものだろう。発明をするためには時間や資金が多く必要なため、企業などの組織による環境が必要になることが多い。発明の背景には多大な無駄とコストが潜んでいるからだ。それを理解して投資・支援する環境が欠かせなくなってくる。また、パテントを申請するための専門知識や多くの業務も必要となる。そこで職務として発明を行った発明者はInventorとなるが、その権利を有しているのは、発明環境を提供した企業などの法人となっているケースが多いようだ。

米国では特許法が近年になって「先発明主義」から「先願主義」へと改正された。前者は発明時期が最も早い者が発明者となることで、後者は最初にパテントを申請した者が発明者となる、という違いである。やったものが一番か、言ったものが一番か、ということになる。

パテントとなる発明は職務として発明されたものが多いが、もともと米国では「先願主義にすると発明を迅速に出願できる大企業に対して、それだけの資金も要員もない個人発明家が不利になる」という考えがあり、それが米国の特許制度が先願主義移行に長らく反対していた大きな理由だという。

そのような先願主義の中、自転車ホイールパテントを個人で有している、個人の発明家を、あえて探ってそこに焦点を当ててみる。Assigneeの多くが上記のような企業名法人名である中に、ある2人の個人の名前、自転車ホイールの発明家の名前がある。


そのうちの一人であるRaphael Schlanger氏は、米国の自転車企業であるキャノンデールの元エンジニアであり、ホイールに関する多くの発明を行っていた。Google Patentsで調べられるパテントの数をみても、シマノ、カンパニョーロという、世界における自転車部品2大メーカーに続く多さである。後に彼はスピナジー社を設立、取得した急進的な特許によって「Rev-X」という当時最先端の素材を使ったカーボン・ホイールを開発した。

このホイールは型に素材を流し込んで一体成型されたカーボン・モノコックではなく、2枚の薄いカーボンブレードを2枚向かい合わせて、ハブからリムへ「十」の字の形に組んだかたちに作られている。れっきとした、テンション・スポーク・ホイールなのである。この独特な8枚のカーボンスポークが回転すると、ヘリコプターの羽が回転しているかのような音を鳴らしていたという。

プロ自転車競技でも、イタリア出身の伝説的なスプリンターであるマリオ・チポリーニに率いられた「Saecoチーム」が、実際のレースにこのRev-Xを使用していた。このホイールはコンセプトを示すだけの車輪ではなく、ツール・ド・フランスを走ったこともある、レーシング・ホイールなのだ。

しかしながら、後になってこのホイールに対する安全性についての懸念が生じた。そしてUCIが考案した衝撃テストに、Rev-Xは合格することができなかった。そのテスト実施以降は、スポークの数が16本以下やリムの深さが2.5cm以下であるホイールは、破断テストに合格しなければならないという基準ができた。

そのためスピナジーはRev-Xの製造を中止することにした。いつ破断してもおかしくないホイールだと言われながらも、今でもたくさんのRev-Xが存在している。もちろんレースなどの競技に使うことはできないが、街乗りやメッセンジャーバイクに使われたりするのは、そのデザインや技術によってホイールの再発明を行って見せたことへのリスペクトを今現在も集めていることの現れだろう。


そして、もう一人のPatents Assigneeとして名前を見つけたのは、Rolf Dietrich氏である。彼が設立したRolf Prima社は、米国オレゴン州の都市ユージーンを拠点とし、今も独特な自転車ホイールを少人数によるハンドビルドで生産している。

Rolf Primaのホイールがもつパテントは、これもまたRev-Xと同じく、「そんなつくり方は、危険だ」とされた自転車ホイールのスポークを今一度考え、再発明をするものだった。

(次回に続く)


参考サイト

2 comments

  1. アサイナーを集計して上位10社(人)を紹介&考察して欲しいです。自分でヤレと言われそうですが…笑

    1. 来月分はもう決まっていますが、がんばれば連載あと8月分引っ張れますね・・・いや、しかし・・・

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