自転車と放蕩娘 (12) 子どもの頃に見た世界 よつばと!じてんしゃ

自宅勤務が続くと、いつも以上に五感が四季の変化を求めるようだ。湿度を含んだ風に乗って運ばれてくる麦の香りや、蛙の鳴き始める時間を知ったのも、大垣へ来て5年目で初めての経験だ。そんな折にふと思い出したのが、あずまきよひこの漫画『よつばと!』だ。今回は5歳の少女、小岩井よつばが自転車と出会うシーンに注目したい。

第6巻で、よつばは近所の坂田自転車店にとーちゃんと自転車を買いに行く。

以来、補助輪付きの自転車を手に入れたよつばは、自転車に乗り始めた子どもが必ず通過するような失敗を経験しながら乗りこなしていく。その様子はなんとも微笑ましい。

この漫画で特徴的なのは、複数の車種が登場する点だ。隣の家に住む大学生の綾瀬あさぎ(長女)はルイガノLGS-MV1、あさぎの友人の虎子は親から譲り受けたフィアット・パンダに折りたたみ自転車(ダホン・ボードウォーク)を乗せている。自立心旺盛なよつばは、年上の女性たちに交じって自転車の違いを知り、一緒にお出かけをしたり牛乳配達を買って出る様子が描かれる。

さて、自転車との出会いもさることながら、『よつばと!』の魅力は世界認識の方法を追体験することだと思う。南の島でとーちゃんに拾われたという設定のよつばの人種や国籍は定かではない。よつばの父として登場するとーちゃんも、翻訳家という職業を除いては、年齢やよつばと知り合った経緯すら不明だ。隣の家の三姉妹やとーちゃんの友人たちとの日常的なやりとりを通じて、小岩井家の生活ぶりや人となりが次第に見えてくる。

私にとって特に印象的だったのは13巻で、今まで「とーちゃん」として物語に登場していた葉介の本名が初めて明かされるシーンだ。それもきわめてさりげなく開示されるのだ。食事中、母親が尋ねるこのひと言で。

『よつばと!』では、よつばの視点を中心とした描写を通して、読者が知らず知らずのうちに物語の構成に必要な情報を選び取っていくのだが、このようなシーンに出くわすと、まだ物語の基本的な設定すら知らなかったのだと打ちのめされる。と同時に、そこには世界との関係を記述するための情報の束を読者が主体的に模索していくようなリアリティがある。自転車の例にしてもそうだが、商標を特定できる描写が多いのもこの漫画の特徴だ。日常系漫画の中に、差異と分節化を見出すプロセスをもちこむことで、ミクロな視点から世界認識の方法を想像させるのに一役買っているのではないだろうか。

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