Hangar – 新しい自転車格納庫 (2) ライト兄弟の格納庫

ライト兄弟が初めての動力飛行を行った場所は、ノースカロライナ州キティホーク近郊にあるキルデビルヒルズという、砂丘の広がる丘陵地帯だった。そこから4kmほど北のキティホーク町にある郵便局兼住居に、ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトの兄弟は間借りをしていたという。この地での彼らの飛行試験と格納庫について詳しく見てみよう。

当初、その地でライト兄弟が飛行試験を進めていくときに、彼らはテントを張ってそこを作業場所にしていた。飛行機材を置いておいたり、準備や整備を行うためだが、しっかりとした作りの格納庫は持っていなかった。もっとも、飛行機を飛ばすために建物が周りに建っていないような広大な土地をわざわざ選んだのだろうから、手頃な格納庫が見つからなかったのは、仕方がないだろう。格納庫がなかったため、飛行試験を実施した後に使用した機材をその場に停めておくことはできず、投棄してしまっていたという。

その後、ライト兄弟があらためてこの地にやってきたときには、まず格納庫を自作して建てることにした。そして、この格納庫から人類史に残る飛行を行った「ライトフライヤー号」が出発していったのである。いまからおよそ120年前の1903年12月17日、世界初めての動力式飛行機によるフライトであった。ライト兄弟の飛行機が出発したこの格納庫は、現在も記念碑的存在としてそのレプリカが残されている。

現代において「Hangar」という言葉は、主に飛行機の格納庫を指す用語として使われることが多い。その背景となっているのが、ライト兄弟の飛行や彼らが即席で作り上げた格納庫にちなんだ言葉である、ということを考察しようと思う。

「Hangar」という言葉は、フランス語の「hanghart」または中世ラテン語の「angarium」に由来すると考えられており、これらの言葉には「家の周りの囲い地」や「倉庫」のような意味がある。この言葉は、中世の農村部で広い収納所や保管場所を指すもので、馬の厩舎なども含まれていた。このように、「Hangar」という言葉はもともと広範な保管や収納を意味するものだったが、時代が進むにつれて、特に飛行機を保管するための建物を指す用語として変化してきた、と考えられるのではないだろうか。この変化あるいは進化は、ライト兄弟の時代に始まった飛行機の発展と密接に関連している。彼らが即席で建てた格納庫が、その後飛行機を保管するための専用の建物として認識されるようになったことによって、この言葉の現代的な意味を形作るのに大きな役割を果たしたことになる。したがって、「Hangar」という言葉は、その歴史的な意味から進化して、現代では主に飛行機の格納庫を指す用語として使われるようになった、というのが仮説である。

ライト兄弟が飛行機を実際に動かすために、飛行機を組み立てたのもこの格納庫であっただろう。何度も何度も失敗しながらも試行錯誤を繰り返す中で、翼や胴体を付けたり外したり、曲げたり伸ばしたり縮めたり、飛行機整備に惜しみない時間がかけられたことも想像に易い。この時の数々の飛行実験で実際に空を飛んだ時間はどのくらいの長さだっただろうか。数秒か、数十秒か、あるいは数分ぐらいか。おそらく、飛行機の整備や試験のために、格納庫で過ごした時間は飛行時間よりもはるかに長かった。

ライト兄弟が飛行機で空を飛んだのと同様に、たとえば我々も自転車でサイクリングを楽しむが、その実際の移動時間は日々の生活時間全体の一部に過ぎない。大半の時間は動かずに待機しているだけの乗り物、それは自転車に限った話ではない。人は移動する自由を得ることと同時に、移動する道具や装置を維持し、格納するための場所を必要としてきたのである。

ライト兄弟の話を振り返ると、彼らの格納庫が単なる物置き場ではなく、歴史を形作る重要な場所であったことがわかるのではないだろうか。ライトフライヤー号や、その開発に至るまでに作られたその他数々の飛行機たちは、格納庫で作られ整備された。また時には、強風や悪天候によって飛行機が格納庫もろとも木っ端微塵にされてしまったこともあったという。格納庫は、飛行機という乗り物の発展と、数々の苦難を克服してゆくイノベーションの過程にあって、新しい時代の幕開けを象徴していた。だからこそ、彼の地にはライト兄弟のメモリアル施設があり、そこに格納庫もある。

ここまで見てきたような航空史の初期段階の人々の思いに範をとり、その挑戦と野心とに敬意をはらい、私は新しい自転車格納庫に「Hangar」という名前を付けようとする次第なのである。