自転車建築(10)スマホ版体験キットをつくるⅠ

本連載は建築と自転車を組み合わせた表現を通じて建築の静的なイメージを覆し、建築と移動が持つ新たな可能性を探求している。引き続き、自転車、光、造形的な模型・物体の相互作用に焦点を当て、どのような表現が可能かを探る。

前回制作した等身大で鑑賞できる自転車建築は解像度に制限があるVRゴーグルとは異なり臨場感溢れる映像体験が魅力的だが、前作を通じて、”デジタル機器を通した映像の空間体験”という鑑賞構造に対する憧れのようなものが自分の中にあることに気づいた。このまま茶室の自転車建築をブラッシュアップすることに抵抗が芽生えてしまった。それゆえ、今回はJIA東海支部設計競技で審査員から頂いた言葉を起点に別の角度から新しい自転車建築を掘り起こしてみたい。

JIA東海支部設計競技で金賞を獲った際に審査員から、”猛烈に「エモい」”という言葉を頂いた。

以下、講評文からの抜粋である。

猛烈に「エモい」んです。書くのは少し恥ずかしいのですが、具体的に言うとそれは、お母さんが漕ぐ自転車の荷台の記憶、なのです。あるいはもう少し成長して、恋人との二人乗り、でもいいかもしれない。箱に空けられた2つのピンホールは、走行する自転車の両脇の風景を、横スクロール映像で室内に投影させます。すると、囲まれた4面の壁のうち2面には、映像の投影されない黒い影が生じる。そこに、ちゃんと背中を感じるのです。進行方向を背中に塞がれて、両脇を風景が流れていく時間。つまりこの作品は、私たちの遠い記憶をインテリアデザインに変換する設計手法の提案だったのです。〜省略〜 記憶の構成原理を分析し、それを再編集して構造化するプロセスの提示、とでも表現できるかもしれません。家やその集積としての都市は、いつか、誰かの記憶たちの総体である。(機関紙ARCHITECT2月号より)

このように、審査員の中山英之氏は、私が気づいていなかった自転車建築の可能性を指摘してくださった。

これらをヒントに、記憶をテーマに据えた展開を考えてみた。自転車建築を私一人の活動に制限するのではなく、複数の人が自転車を漕ぎ、自ら映像作品を作ることで、それぞれの記憶を紡ぎ出す作品に昇華させることができるのではないか。多くの人が容易に体験できる方法を考えることにした。

そこで、自転車建築の体験キットを制作し、広く配布することで多くの人々に自転車建築を体験してもらうことを目指す。

360°カメラを用意してもらうのは難しいので、誰もが持っているスマホを用いる。このアイデアは赤外線カメラを使用した回から着想を得た。視界が制限されるため箱のサイズとスマホの取り付け方法に検討が必要であるが、この方法でも、自転車建築のエッセンスである空間と映像の関係を提示できると考えている。

模型の小型化を図ることで荷台ではなくハンドルに固定できるようし、日常の中で違和感なく自転車建築を体験できるようにする。

次回お見せできるようにする。

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