筆者は5歳の頃に補助輪を外した自転車に乗ることができるようになり、小さな田舎町を駆け巡っていた。実は筆者はその前にも「じてんしゃ」に乗って、魅力的な珍しい生き物がいる広大な土地を冒険していた。それは任天堂が販売しているポケットモンスターシリーズのゲームの中の世界である。
ポケモンゲームシリーズの初代から登場しているじてんしゃ(以降自転車と呼ぶ)だが、一部の作品では自転車の機能を継承したポケモンライドという新しい移動システムが導入され、自転車が姿を消した。しかしながら、ポケモンゲームシリーズの中で自転車というアイテムは毎回重要なアイテムとして扱われていた。自転車を使用し移動することで、徒歩に比べ移動速度が向上し短時間で広範囲を探検できる。一部シリーズでは自転車でしか行くことが出来ない場所が存在したり、自転車を使用しないとゲット出来ないポケモンまでいたりと。このように自転車はゲーム内で重要な役割を果たすため、プレイの中で自転車に乗る割合が多くなる。そのため任天堂はゲーム内で魅力的な自転車の移動体験を設計している。本記事では、ポケモンゲームシリーズの自転車の移動体験を現実世界の自転車の移動体験と絡めて考察していく。
ポケモンゲームシリーズで登場する自転車は、プレイヤーのバッグに収納し持ち歩くことができる。なんと第3世代では高速で移動できるマッハ自転車と特殊な地形を走行できるダート自転車の2台もバッグに収納することができ、目的に合わせ両者を切り替えることができる。
モビリティを収納し、移動方法を切り替える一連の流れは、奇想天外に見えるかもしれない。しかし、現実の世界でも似たようなことは行われている。大きなモビリティに小さなモビリティを収納し、移動を切り替えることは実現している。
折り畳み自転車はバスや電車に持ち込むことができ、これにより折り畳み自転車の移動範囲を広げることが出来る。また、トランクルームに積める原付HONDAモトコンポはクルマで出かけた先でアシとして活躍できることをコンセプトに開発された。このようにモビリティを小さく収納することは多様なモビリティを掛け合わせた移動を可能にし、豊かな移動体験にすると考えられる。
ゲーム内の自転車での移動体験の特徴として、自転車に乗っている間に流れる専用BGMがある。この自転車BGMは、ゲームハードウェアの進化にともに音質や表現力が上がったり、各ゲーム世代ごとの世界観に合わせてアレンジされてきたが、どの世代の自転車BGMも基本的には明るく軽快なメロディでBPMが早いのが特徴的である。
ゲーム内の自転車走行時に注目すると、ペダリングや自転車の速度が実際の世界と比べてかなり速いことが分かる。この動きに適合させるため、BGMのビートも速くなっていると考えられる。自転車に乗った瞬間、アップテンポで爽快感あふれるBGMに切り替わり、この自転車でゲーム内の広大なマップを駆け巡りたいという気持ちを引き出してくれる。
ゲーム内の自転車はポケモンの卵を孵化させる目的で使用されることが多い。ゲーム内でプレイヤーはポケモンの卵を手に入れることができ、卵を孵化させることで、新しいポケモンを仲間に加えることが可能である。 卵はプレイヤーが一定のステップ数を移動することで孵化するが、この孵化に必要なステップ数を一番効率的に蓄積できる移動手段が自転車なのだ。この仕組みによりゲーム内の自転車での移動は、単なる移動手段に留まらず、ポケモンの卵を孵化させるという重要な行為としても機能する。この仕組みは、移動体験にある種の報酬効果を組み込んでいると言える。
Niantic, Inc.が制作したポケモンGOは上述の仕組みをスマートフォンの位置情報を利用することで現実の世界に組み込むことに成功している。実際に移動をすると距離を蓄積し、卵を孵化させることができる。適切な速度で移動すれば自転車を使用した移動でも卵を孵化させることができる。
現実世界の移動体験には、物理的な力や環境要素、交通ルール、安全面など、ゲームと比較して多くの要素を考慮する必要がある。一方でポケモンゲームシリーズのようなゲームの世界では移動という概念を定義ずけることから始まり、移動に関わる要素を一から作り出す必要がある。それぞれの移動体験は全く異なる制約の中で設計されている。だからこそ両方を行き来しながら考察することで新たなアイデアや展望を追求することにもつながると考えている。