逆モンテカルロ法で自転車座を探す(途上編)

カール・セーガンは20世紀の星座として自転車座を提案した。これは素晴らしい着想であったものの、実際にどこに自転車座があるのかまでは言及していない。そこで、夜、星空を見上げて、あるいはプラネタリウムで自転車座を探してみる。しかし、あれこれ星々を繋げてみても、これぞ自転車と思うには至らない。目に見える星の数は有限でも、その組み合わせは無数にあるので途方に暮れてしまう。

映画「ビューティフル・マインド」では、主人公が恋人に「何か形があるもの」を尋ねる。彼女が「アンブレラ(傘)」と答えると、彼は即座に彼女の手を取って夜空にアンブレラ座を形を示す。これは驚異的なパターン認識力を持つ天才数学者の、映画ならではのエピソード。同様の能力を持つ人がいるなら是非お願いしたいところだが、そのような人はいないかもしれない。

そこでコンピュータを使って自転車座を探してみる。ただし、自転車座は誰も見たことがないので、単純な検索プログラ厶は作れない。昨今話題の機械学習などでも難しいかもしれない。その学習材料が実際の自転車であれば、星々を繋いだ線画とはかけ離れているからだ。カシオペア座のW型を神話の王妃に見立てる発想の飛躍は、膨大だが単純な計算である現在の人工知能からは現れないかもしれない。

iOSアプリ「Sky Guide」より

乏しい知恵を絞って思いついたのはモンテカルロ法の応用。まずモンテカルロ法では、例えば以下の図のような、不規則な形の池の面積を確率的に求めることができる。池を取り囲む正方形が一辺100mだとすれば、正方形の面積は10,000㎡。そして、正方形内のランダムな位置に着弾するように大砲を撃つ。1万発撃って、池に落ちた砲弾が7,000発だとすれば、池の面積は7,000㎡であると推測できる。

モンテカルロ法の概念図

ここで単純化した自転車の形の枠を考える。この枠を星空の様々な部分に押し当てて、枠内の星の数を数える。それが妥当な個数であれば、自転車座かもしれない。実際にそれらが自転車に見えるか否かは人が目で見て判断する。つまり、無数の組み合わせをフィルタリングして数を絞り、人が判断し易くする訳だ。この手法を、あまり適切な呼称ではないが、逆モンテカルロ法と呼ぶことにしよう。

逆モンテカルロ法の概念図

実際のプログラムは星の位置計算と表示のために、高津科学さんの「Pythonによる星座早見プログラム」を利用した。このプログラムはヒッパルコス星表を元に、地球上の任意の地点での任意の時刻の星空を描画する。星座線や星座名、それに惑星や月も表示可能。趣旨を説明したところ、プログラムを改変して利用することに快く承諾いただいた高津科学さんに感謝申し上げます。

次に、自転車座を大きさを決める。これは他の星座の大きさを参考に、下図のような最小と最大の大きさを想定した。また、自転車座を構成する星の明るさは3等星以上とする。等級で言えば3.5未満だ。これも他の星座、例えばカシオペア座は2等星と3等星、を参考にした。大気汚染や都市明かりの光害が進んだ20世紀だから、暗い星は見えないので、このくらいが妥当だろう。

そして、星空の中央に自転車の枠を置き、その大きさを変えて回転させながら、星空も回転させて一定の間隔で半天球をスキャンする。これは緯度にして-90度から90度まで、そして経度ではなく時刻を0時から24時までの変化となる。以下のムービーはその動作の一部で、枠内の3等星以上の星を黄色く表示している。なお、よりモンテカルロ法っぽく、ランダムに値を変化させて繰り返すことも考えられる。

このような処理を時刻は48段階、緯度は37段階、枠の大きさは6段階、そして枠の回転は24段階で変化させる。これは255,744回の処理となり、2.9GHzのIntel Core i9(6コア)のMacBook Proをフル稼動させて5時間半ほどかかった。その結果、枠内に3等星以上の星が10個以上存在する場合は362通り。これらを以下のムービーで確認して欲しい。2番目のムービーでは枠線を消去している。

果たして自転車座が見つかっただろうか。ここで362通りの中から無作為に一例と、枠内の星が最も多かった15個の場合とを紹介しよう。残念ながら、どちらも自転車が連想されるような星の並びではないようだ。これらは枠内であっても偏っており、自転車の特徴を表す配置ではないからだろう。また、枠外の近くにも星があり、図形としての明確さを阻害している。

そこで、輪郭的な自転車の枠ではなく、星の位置に下図の赤い点線で示すような枠を設ける。これは3種類を想定して、(A)なら8個以上、(B)と(C)は6個以上の枠に3等星以上の星が存在する場合を選び出す。また、青い点線で示すように、枠外の近くに2等星以上の星が存在する場合は却下とする。これで星が分散して特徴的な位置に存在し、自転車座が他の星から独立して見えることを期待したわけだ。

判定が増えたためであろう、処理時間は同じMacBook Proで枠ごとに20時間以上かかった。3種類なら3日近くかかる。なんともナンバー・クランチング(数字喰らい)なので、処理の最適化を考えたいところ。ともあれ、結果的に見つかったのは(A)は27通り、(B)は7通り、(C)は15通りで、合計49通りであった。いずれも枠外の近くに2等星以上の星が存在したので、これを理由に却下することは諦めた。

以上のように自転車座に見えるかもしれない362通りと49通りの星々を選び出した。すべての画像を見るのは時間がかかるが、自転車らしき星の並びがあれば教えて欲しい。ここからはクラウド・ソーシングで自転車座の認識が醸成されるのを期待したい。これこそが何百年、何千年と時間をかけて多くの人々によって星座が形作られた経緯であり、真の文化となる条件だからだ。

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