[Cyclist’s Cycles 自転車家12ヶ月] 8月

気候と共に歩む自転車家にとって「8月は夏」というのは暦の上でのことだ。今我々がつかっている暦もあれば、今は使われていない昔の暦もある。様々な暦が世界中で作られて使われてきたが、それらはすべて周期(サイクル)をもった何らかの出来事を元に考えれてきたものが多い。そこから考えても8月は秋なのだ。

1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けた ものを二十四節気と言う。8月には 立秋(りっしゅう) または 処暑(しょしょ) という節気がある。これは秋を示している。季節というものは待ち構えていればよいというものではなく、自ら手に入れにいくものでもある。昔から「秋の野菜を食べれば体が秋になっていく」などとよく言われている。体のサイクルと作物のサイクルを同調させるわけだ。

自転車に乗る自転車家はその移動スピードだけではなく、季節を取りにいくのも早い。なぜなら季節は風や空気の中からまず変化しはじめる。そして(上記のようなことを言いながら)どう考えても気温はまだ暑いのである。暑い中でも自転車に乗ることの見返りは、誰よりも速く風の中の秋に気づけることだ。土の中からイモを引っこ抜くみたいに、空気の奥から秋を引っこ抜いてくるのだ。いやいやまだまだ暑い、暑さは過ぎ去っていない、「もう秋」などという言葉は旧暦の周期基準だ、呪術っぽい、現代には合わない、と、そのようなことを思っていると秋には気づけないだろう。

だから8月に自転車に乗る時は、秋のことを考える。ペダルを回すことで秋に向かって体を調律しているのだから、サドルの上にある体は一足先に秋に踏み込んでいるのだ。考えながら自転車に乗ってお腹が空けば、キノコが沢山はいった釜飯を食べるのもいいだろう。お酒を飲みたければキノコのアヒージョとワイン、この組み合わせは法律だ。残った昨日の晩の炊き込みご飯をおにぎりにして背中ポケットに入れて海の近くにも走って行ってみよう。海産物を現地調達し、秋の山の幸と海の幸を体に入れればそこはもう秋だ。空からはトンビがおにぎりを狙っているので、油断はしてはならない。

自転車を降りてしまうと、風が止まり、汗が流れてくる。はやく秋になって欲しい。


2019年夏のツール・ド・フランスは、心に残るレースだった。そして、きょう2019年8月24日は、ブエルタ・ア・エスパーニャの開幕である。自転車家にとっての立秋とでもいうか、ブエルタは好きだ。過去の記事でも取り上げられていた映画で登場するロードレースもこのブエルタである。また、ブエルタのTV中継には毎年テーマソングがあるのだが、2010年ブエルタのテーマソングだった曲のMVには「立秋」的なものがある。

PRECIADOS -ORTA Oportunidad

荒涼としたアンダルシア地方を思わせる風景に、アップテンポだが物憂さを含んだ音楽、「ブエルタ」の韻を意識した歌詞(サビを聞いてみてほしい)、夏と秋の汽水域を走る自転車家の脳内音楽にはもってこいのものだと感じる。

秋の風、秋の食べ物、秋の音楽、能動的にそれらを捕まえつつ、ブエルタ・ア・エスパーニャのテレビ中継を眺めてみることにしよう。

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