Human-Framed Cycle~新しい身体感覚を得るための自転車

作品「Human-Framed Cycle」は、身体の形に合わせて制作された、特殊な形状の自転車である。この作品の形状や機能は、新しい身体感覚を得るために、考えられたものである。

この制作の特徴の一つに、制作過程において、必ず身体の動きと感覚から構造を考え、決めていったことが上げられる。そこで、既存の自転車の形状に頼らず、身体の感覚から形を作り上げることを目指した。つまり、作者自らが、制作過程の中、自分の身体感覚を探索しながら、徐々に形状を決めて行く、という方法を用いた。

また、身体感覚を得ることを重要に捉える以上、コンセプトの説明と視覚的な鑑賞で説明することは、適合しない鑑賞形態だと考えた。そこで、制作された作品は、必ず体験者が直接、体を使って体験するべきだと考え体験イベントを行った。ここでは作品の制作過程を説明するため、タイトルに0.1から1.0までの数字で、バージョンをつけて書いていく。バージョンは1.0の時点で完成とみなす。

「Human-Framed Cycle」ver 0.1は、鉄筋を使用し構造を作り、身体の片方に巻きつけたパッドや補助パーツによってレバーを引っ張り、駆動する自転車だった。このバージョンから最後まで維持される特徴は、必ず構造物が作者の「身体の動き」から発想されること、また主な材料が鉄筋であり、視覚的な効果のため曲線を使っていること、最後に、レバーを倒すことで一回ずつのストロークで自走することなど、が上げられる。

しかし、後から続くバージョンと大きく異なるのは、この段階の作品は、身体の向きと同じ方向に進む、という点である。まだ、構造を考えるうえで視覚までは考慮できず、脚の感覚に集中していたからである。また、身体の片方に巻きつけるパッドや補助パーツも、過多である問題があり、体験自体もスムーズには行えない状態だった。それでも、この段階で、既存の自転車の作り方に依存せず、自らの身体の動きや感覚から形状を起こしていくという事が、作品が目標とすることに適合していることは確認できた。

続く「Human-Framed Cycle」ver 0.4では、以前のバージョンが「視覚」という感覚についてはほとんど考慮されていなかったのに対し、それを重要な要素としてとらえ始めた段階である。そこで、敢えて身体の向きと自転車が進む方向を逆に設定した。そして鏡を使用し、後方に進むことに対しフォローする形を取った。しかしこれには、単なる後方を確認する機能を付与するためではなく、バランス感覚と視覚との関係を感じさせるため、という意図があった。。

また、鏡とそこに映る自分の身体、という姿から、人間である自分が、鏡というフレームに収まった形で見つめる、という意味で、「Human-Framed」という語を、作品のタイトルにすることも決定した。

このバージョンでは、視覚に対する考慮が始まり、構造をシンプルにしたという主な変更点があったが、走行した時の感覚には、急に倒れようとするような不安定な感覚があった。それは、主に斜め下に配置した鏡から生じたものであり、バランスを取るべくして不安定になるのではない、不規則なものだった。そういった感覚は、作品の体験では必要な感覚ではなかったため、次のバージョンでは、その部分を重点的に修正することになる。

続く「Human-Framed Cycle」ver 0.8の制作は、前述した不安定さを直すため、鏡の位置を修正することから始まった。鏡を身体の方に寄せ、それでも後方が見えるためには、鏡の高さが高くなく必要があった。その作業を含め、駆動するため必要な、右脚を掛けるレバー構造も、前輪の方に移した。よって、ニュートラルな状態での重心は、偏りが少なくなった。結果、直進したとき、急に左右に揺れることが改善され、直進とカーブの間にはっきりと感覚の差ができた。そこで最終的な身体経験としては、両者が区別された状態で、体感することが出来るようになった。

前述した体験ができるようになり、作品が意図していた身体的な感覚の面では、大部分クリアされたと言えたが、まだいくつかの補完は必要だった。その必要性は、体験イベントの中で、体験者があまりにも力任せで駆動させたとき、後方の車輪が浮いてしまい気づくことができた。

このバージョンの作品は後輪のみで駆動していたため、屋外の環境で走行したとき、地面の凸凹と力の大きさによって、一瞬でも後輪が浮いてしまうとすぐ車輪が空転してしまうことがあった。そのため、前輪にもチェーンとスプロケットによる駆動部を設けることにした。それによって、全体の重量は増したが、前輪部の重さが増えたため、車体の重心は、より鏡の方より身体の方に来るようになり、体験者が何もしていないニュートラルな状態の安定性は、増すことになった。

作品の現在の最終バージョンである「Human-Framed Cycle」ver 1.0は、前輪部の全面的な修正と、細かいブラッシュアップを重ね、完成に至った。細かい修正には、右脚用のレバーに設置しているパッドの材質を変え、皮膚や衣服との摩擦を減らし、服がめくれる現象を防ぐような、作業が含まる。

この段階に到達し、車体がニュートラルな時の安定性が十分向上したため、追加のハーネスを使用することも出来るようになった。ハーネスを腰につけ、基本的な右脚のレバーを傾ける力に加え、腰の動きによる動力も追加することが出来たのである。その結果、身体の体重の移動による動力が増加し、自走する際、一瞬に力を集中することが可能になった。

構造

*レバーを倒し駆動する車輪

この作品は、三つの車輪のうち二つがつながっており、後輪として車体を駆動させる。その車輪には、フリーホイール機構が設置されており、スプロケットがチェーンを回したことで生じる動力が伝わり車輪を回す。普段使用している自転車は、クランク構造の先についているペダルを、円を描くように回すことになるが、この作品ではレバーをある角度まで倒し、また元の位置に戻るような運動によって駆動する。

自転車の持つ構造で発生する速度は、まず、車輪が持つ転がる機能と、慣性の法則によって成り立つ。その上、身体から発生する力をチェーンとスプロケットによって、車輪の方へ伝達する。その際、現在の自転車はラチェット機構を持つフリーホイール構造を使い、回転する車輪に対し回転力を付加することができるのである。

そのようにして、普段使用する自転車では、フリーホイール機構から生まれる速度が重なり、徐々に高速にすることが可能である。しかしこの作品では、自転車の機械的な構造を動かし、身体的な経験を誘導するこを目指したため、敢えてレバーを一回ずつ倒していく中で部品を使う感触を感じるべきだと判断した。その結果、速度としては低速になるが、一回ずつレバーを動かし部品を使うことに重みをおいた。

*金属ワイヤーによる動力伝達

本作品では、レバーにつながる金属ワイヤーにより、車輪を駆動させるスプロケットやレバーが、身体と連結している。金属製のワイヤーは、伸びることなく、そのまま動力を伝達する機会要素であり、その特性を活かし、コロを使用することで、力が流れる方向を調整することができる。

そして、レバーにつけるワイヤーを二本用意し、右脚と腰の、二つの身体の部位で駆動させることが可能だ。このように、自由に曲げることができるワイヤーだからこそ、リンク構造を作るより少ない部材で、複数の箇所へ動力を伝えることができた。

*右脚で傾けるレバー

本作品の駆動部は、スプロケットとチェーン、そしてフリーホイールから構成されるが、それを駆動させる身体の部位が右脚の裏の面積であるため、身体の後方に別のレバーが必要だった。そこで、本作品では、鉄筋を曲げ右脚を覆う形のレバーを設置した。

このレバーは、作品の「視覚的な効果」を語る上でも、重要な部分である。それはこの部分が、既存の自転車とは違う駆動方式を持っていることがわかる、視覚的な部分だからである。そのため、レバーの制作では、あえて曲線的な要素を強調している。実際、体験イベントの中では、最初作品を見て近づいた体験者がこの部分に対する解釈を間違え、手で動かそうとした。このように、日常的に見慣れない形状をしているからこそ、体験者は視覚的な分析と、後を続く身体的な体験を通じて、作品と関わりを持つのである。

*皮膚に密着する部分の処理

また、右脚の裏側に密着するパッドは、肌や衣服に密着する部分であることから、工夫が必要だった。パッドの中に、樹脂製のプロテクターを入れ、筋肉の力が入る面積に当てた。また、その部品だけでは皮膚に対し痛みを発生させることがあり、二層の布で覆うことにしたが、それでも、摩擦により衣服がめくれてしまう問題があった。

その問題を解決するため、滑らかなシートベルト用の素材をつなぎ合わせ、衣服に当たる部分を覆った。この作業により、右脚を傾け体重を後ろに、移動させたとき、自然にパッドの上で滑るようになった。この段階の作業で、肌に直接当たる部品は、特に材質に関して繊細な注意が必要なことが分かった。

*ロープで行うステアリング

本作品でのステアリングは、前輪部の左右につながっている二本のロープを引っ張ることで行われる。ロープには、三角形の取っ手がついており、既存の自転車でのハンドルの役割をする。作品の進む方向は、身体の後方に向かっての方向になるため、ステアリングは、左手のロープを引っ張ったとき、車体が右にカーブするといった形で行われる。

左右の方向を各自担当する二本のロープは、一本につき二つのハンドルが付いていて、半分の位置にもう一つのハンドルがある。この中間にあるハンドルは、背の低い体験者と、ロープを短くして持ちたい体験者のための物である。

*バックミラー

本作品でのバックミラーは、車体が進む方向が身体の後方になるため、機能としては「後ろ」を確認するため設置したものである。鏡自体はステンレス製になっており、転倒時に割れることがないようにした。そして、鏡は車体の後ろに10度ほど斜めになっており、体験者が定位置に立った時、自分の胴体と、地面が見えるように配置した。

鏡の大きさは、30cmほどになっており、敢えて一般的な「バッグミラー」からは大きく違うサイズで設定した。その理由も、先述してきたように、特殊な形状をすることで、体験者の新しい解釈や身体的な確認を誘発させるためである。結果、体験イベントでも、駆動部よりも大きな面積として認識される鏡に対し、体験者たちの中で様々な解釈がされていくことが観察できた。

発生する身体感覚

*ニュートラルな状態

この作品で目指した身体感覚は、初期状態の「普通に自立している」ことから始まる。つまり、最初乗り物に乗った瞬間からバランスが崩れてるのではなく、移動しないときは、そのまま立っていられることを初期状態として設定した。

それは、作品制作の重要な方法論である「作者が自ら機械装置に乗り、そこから自分の身体を動かしながら、構造を考える」という過程を、守る中で発生したものである。つまり、作者が制作中の作品に乗っていられるため、この作品は二輪ではなく、自然と三輪の形状になって行った。

ほぼすべての制作の段階は、最初作者個人という身体から発生した、感覚を基準にし進められたもので、その時の最初の状態は、身体の動きが「0」の状態である、ただ立っている状態なのである。ここで強調したいのは、これらの決定が、概念的な「安定の状態」を作ろうとしたのではなく、とりあえず作者が構造物に乗り、形状が決まったということである。

*右脚裏側の面積で動かす

この作品の構造上、身体が接触する箇所の中で、自走する機能と関連があるのは「右脚の裏側の面積」である。筋肉の名称としては、腓腹筋、普段ふくらはぎと呼ばれる部位である。

この部位は、既存の自転車のペダリングではペダルが円運動をする中で、足の角度を維持させるため常に使用される。基本的にその運動は円を描いており、左右の足が連動し循環する。結果、左脚がペダル踏み下ろす際、右脚は上がるように、強制される特徴を持つ。

しかしこの作品では、敢えて左右の脚に対し違う役割を与えている。既存の自転車が、同じ運動を時間的にずれた状態で行うことに対し、この作品では、右脚を傾けレバーを倒した後、左足は、それを元に戻すために踏み下ろす。

このような身体の動きの中で目指したのは、身体の各部位を、最初はそれぞれの部位として感じ、そのあと、それが機械の構造を動かす中でつながっていることを、意識させることだった。その結果、体験者の中では、右脚のみに頼って駆動させようとする人や、逆に、体重が使えないため効率が悪いにも関わらず、左足のみでレバーを倒そうつする体験者もいた。このように、各自が持つ身体が、身体の感覚を処理する中で、浮き彫りになることが、本作品で確認したかったことである。

*身体の重心移動による感覚

この作品では、体験者がニュートラルに直立している状態から、前後の軸方向にバランスを崩すことで動力を得る。

体験者は、右脚の裏側の面積でレバーを倒して車輪を回す。その時起きる重要な運動は、「重心の移動」である。人間の構造上、まっすぐ立っている状態から後ろ側に身体を傾けると、自然に重心が身体の後方へ移動することになる。

右脚だけで発生する力より、全体重を使ったときの力の方が大きいので、体験者は自然に自分の「体重」を使用することになっていく。そして、この時発生する感覚が、本作品が直進するときの誘発させたい身体感覚である。

*二重の役割を持たせた手

作品が持つ大きな特徴の一つに、「ロープ」を使用したステアリング機構がある。この装置も他の構造と同様、作者が制作途中の機械構造物に乗り、直立した状態から発想した構造である。

本作品に乗っていることは、狭い場所に片足で立っている状態に似ている。そういう時、人間は偏った重心を補いバランスを取るため、手を使ってバランスを取る。その状態に加え、ロープを引っ張ると車体が旋回する状態を付加したのが、この作品でのステアリング経験である。

結果、体験者は、ロープを使用していることから、ハンドルを手に持ち自由に手を動かすことができるが、ステアリングをするときはハンドルにもっと力を入れ、引っ張る必要がある。また、直進するときは、逆にロープを引っ張らないよう気を配らなければ行けない。そのように「二重の機能」を手に付与することで、普段行っている身体の運動から離れた体験を誘導した。

*バランス感覚と視覚の関係 ― 最初は見えないバックミラー

この作品に設置されたバッグミラーは、基本的には身体の後方を見るためのものだ。しかしこのような大きさと形状にしたのは、体験者にとって、「バランス感覚と視覚との関係」を身体を通じて感じてほしかったからである。

作品を体験する間、体験者は、目の前に大きなミラーがあることを、全く気にせず使おうともしない。特殊な形の乗り物に乗っているため、バランスが取れていない状態では、バランス感覚のみに集中するのである。そして体験者は、バランスが徐々に取れるようになり、ようやくバッグミラーの存在に気づく。

また体験者が作品に乗る前、その構造を視覚的に観察し、後方に進むならミラーが必要だと、ちゃんと認識していたのにも関わらず、必ずこの現象が起こることは重要である。これは、視覚的な認識により作り上げた概念が、実際の身体感覚より後回しにされた現象である。そして、そのことに後で自覚することが、本作品の体験で重要な一つのポイントなのである。

以上、作品「Human-Framed Cycle」についてまとめると、以下のようになる。

◆ 作品の目的は、普段慣れ親しんだ身体の使い方から離れた体験をし、その時得られる身体感覚から、各自が持つ身体的な癖を知ることを含む、自らの身体を捉え直すことである。
◆ 身体の方向からすると後方に進む、自走する構造物である。
◆ 作品の形状と材質の決定は、作者の身体、そして体験者の体験を観察した結果をもとに、行われた。つまり既存の自転車が持つ形状としての記号は、可能な限り気にせず作業を行った。
◆ 作品の主な構成物は、鉄筋からなるフレーム、正方形のステンレス製の鏡、自走するためのスプロケットとチェーン、そしてフリーホイールがあり、ステアリングのためのロープ、ハンドル、右脚の裏の面積に当たるパッド、最後に三つの車輪を含む。
◆ 作品の目的を考慮すると、体験イベントを行い、他人が身体的な体験をすることは、制作の一過程にもなるため、重要である。そこで、試作品の段階から日常空間と公園で、体験イベントを複数回開催した。
◆ 体験イベントの結果、作品の持つ視覚的な効果と、意図していた身体の動きが確認できた。

この作品の制作を経て、筆者は、多くのことを学べたと感じている。それは、私自身の身体のごく些細なことから始まる。その感覚を頼りにしながら制作を行い、形状を決め、他人の体験を観察し、また次の制作を行った。この制作と活動が、社会に対してどのような意味を持つのかは、これから考察していきたいと思う。

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