シマノが企画する「ソーシャル×散走」企画コンテスト。第8回目になるこのコンテストにIAMAS(情報科学芸術大学院大学)運動体設計メンバーが昨年度にひき続き参加した。応募サイトでは以下のようにある。
21世紀を迎え、モノや情報があふれる現代社会は環境、経済、人口、文化など様々な分野で社会的な課題を抱えています。また一言で社会課題といっても、地域や状況によってその形は様々です。
「ソーシャルx散走」企画コンテストとは、散走※を通した社会課題に取り組む企画を学生から募り、発表・共有するコンテストです。
わたしたちはこのコンテストを通じて、散走がより良い社会の形成に貢献することを目指します。
「ソーシャル×散走」企画コンテスト
※散走とは…日常の中の小さな気づきや出合いを見つけに、散歩のようにゆったりと、気の向くままに自転車を走らせる楽しみ方
今回私たちは自転車に古い地図を見ながら散走することを企画・実験・提案した。2025年9月から12月にかけて、IAMASが所在する岐阜県大垣市をはじめとして、福島県浪江町、広島県広島市、大阪府堺市で試走を重ね体験を設計した。そして、2025年12月13日、大阪府堺市にある「シマノ自転車博物館」で開催された最終審査会で企画発表。コンテンストでは大賞を受賞した。

本企画では古地図を「過去の年代に作られ、過去の地理的状況を表した地図」と定義した。当時の土地利用、交通路や町並みを知る手がかりになる。古地図を片手に、観光地化したスポットや歴史的建造物だけではなく、道や川、今は無き建物などその土地自体を楽しむ散走を目指した。
古地図散走では、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」を使用する。今昔マップとは埼玉大学教育学部 谷 謙二研究室(2000~2022年)が開発した、ブラウザ上で利用できる地図アプリケーションあり。サイトには以下のようにある。
全国59地域について明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示できます。収録した旧版地形図は、4,847枚にのぼります。「今昔」の読み方は「こんじゃく」です。
「今昔マップ on the web」
このアプリケーションの特に優れている点は、以下の3点だ。
①リアルタイムの位置追従: 古地図上に現在地と走行軌跡をリアルタイムで表示し、過去の地図と現代の地形を読図能力の有無に関わらず比較することができる。
②年代の即時切り替え: 1888年から1996年の地図と現代の地理院地図を切り替えて表示できる 。
③広範なデータベース: 全国59地域、計4,847枚にのぼる旧版地形図が収録されており、大垣市のみならず日本各地で利用できる。
谷謙二研究室では、他にも地図にまつわる様々なサービスを開発しており、それらも非常に魅力的である。ぜひサイトをチェックしてほしい。
さてここから、最終発表に至るまでの流れを振り返っていこう。最後には、今後実施する「古地図散走」パブリック・ライド告知も記す。
1. 企画の背景と立案プロセス
本プロジェクトの背景には、現代の郊外都市が直面している「地域を知る機会の減少」と「景観の均質化」という2つの課題がある。
現在の地方・郊外都市、私たちの拠点である大垣市も例外ではなく、移動手段の多くを自家用車が占める。こうした点と点の移動の常態化は、最短ルート以外の路地や地域に立ち寄る機会を奪い、街の細部を知る機会を損なわせる。また、車移動では土地の起伏を身体的に感じることが難しく、大垣市のような水害のリスクを抱える地域において、地形や災害リスクの直感的な理解が深まらないことは重要な問題です。同時に、区画整理やチェーン店の進出による景観の画一化は、街固有のアイデンティティを不明瞭にし、地域への愛着を育みにくくする要因となっている。
これらの問題意識を踏まえ、2025年9月中旬にAI(Gemini 2.5 Pro)を活用したアイデア出しを行った。提示された450個の案をチーム内で検討する中で、164個目のアイデアとして提案された以下の内容を企画の基軸に据えることを決定しました。
「100年前の地図で散走: 図書館で古い地図を借り、今はもう存在しない道や川の跡を辿る。過去の都市と対話する。」
この案をベースに、単なる観光スポット巡りではなく、道や川の変遷、消滅した建物など、土地の履歴そのものを自転車の身体性を介して探索する体験を目指し、企画を設計した。
2. 計6回の試走と体験設計
第1回試走(岐阜県大垣市)
2025年9月27日、最初の試走を実施した 。この初回試走では、後に採用した「今昔マップ」ではなく、古い航空写真を表示するアプリケーションと紙の地図を併用して走行を行った。
この時は、あらかじめ設定した特定のスポットを順番に巡る形式をとった。しかし、スポットに到達するたびに地図を確認する手法では、目的地を繋ぐだけの移動になりやすく、「散走」の持ち味が十分に発揮されないという課題が明らかになった。この結果を踏まえ、次回以降は走行中にリアルタイムで古地図を参照でき、気の向くままに道を選択できる「今昔マップ」を導入することを決定した。
一方で、この試走中には重要な発見があった。赤坂港跡の資料館(赤坂港会館)を訪問した際、展示されていた古地図を指差しながら地元の住民と対話する機会を得た。戦後の治水工事によって川の流れが変わり、港が閉鎖された経緯や、橋の架替といった土地の変遷を直接教わる体験を通じ、古地図が地域の過去と現在と未来を繋ぎ 、地域理解を深め、世代間交流を促すコミュニケーションの媒体として有効であることを体感した。

第2回試走(岐阜県大垣市)
2025年10月2日、第2回の試走を実施した 。初回の反省を活かし、スマートフォンを固定するホルダーを自転車に装着することで、走行中でもすぐに地図を閲覧できるようハードウェア面を改善した。また、「今昔マップ」を導入しリアルタイムで現在地を表示できるようにした。加えて、ライド自体も特定のスポットを順に巡る方式を改め、目的地を大垣城のみに設定し、道中は気の向くままに散走する手法をとった。この変更により、以下のような発見や体験が得られた。
1932年(昭和7年)の地図を眺めながら移動していると、現在には存在しない「女学校」を発見した。好奇心に駆られ、これまで一度も通ったことのない川沿いの細い道を進むと、フェンス越しに現在は団地となっている跡地が姿を現した。見慣れたはずの街並みが全く違って見え、普段の生活では気が付かない土地の重層を知ることができた体験であった。かつて繊維産業が盛んであった大垣市において、そこで働く労働者を育成するために多くの女学校が存在していたという歴史的文脈に、実際の走行を通じて体感できる瞬間であった。
また、古地図では蛇行していた道が現在は直線化されている箇所を確認された。これは戦後の区画整理による変化であり、自転車で走行し現在地と古地図の軌跡を照らし合わせることで初めて気づくことができた微細な変化であった。
第2回の試走を通じて、大まかな「古地図散走」の体験を設計することができた。あまりスポットを設定せず、気の向くままに走り、古地図によって興味が誘発されたら寄り道をする。まさに散走。この自由な探索こそが醍醐味であり、パッケージ化された観光では味わえない、自分自身で歴史を検証する楽しさが秘められていることがわかった。
第3回試走(岐阜県大垣市)
2025年11月19日、岐阜県大垣市赤坂町を中心に第3回の試走を実施した 。今回の目的は、その土地に慣れ親しんだ居住者にとっても古地図散走が有効であるかを検証することである 。テストライダーとして、大垣市在住30年以上であり、周辺の土地勘を有するIAMAS教員の瀬川晃氏を迎えた 。第2回と同様に、目的地のみを設定し、道中は古地図に誘われるまま気の向くままに散走する手法をとった 。
- 走行中の発見:見慣れた景色の再定義
散走中、一見新しく見える住宅街に差し掛かったが、古地図を確認すると100年前からその区画が存在していることが判明した。道を進んだ先で旧家(屋敷)が現れ、旧家がかつての集落の中心地に位置していることを古地図を通じて突き止めた。土地勘のある人でも知らない、古地図を通じてしか知ることのできないことえあった。土地に住み慣れている人であっても、古地図を参照することで、新しい発見が得られることが確認された。 - グループライドの可能性:複数人で年代の異なる地図を表示させながら走行することで、参加者間にコミュニケーションが生まれ、グループライドとして行う可能性も見出された 。
瀬川氏はライド後の感想として、今昔マップを参照しながら走行し、感じたことを発話する「能動性」こそが醍醐味であると述べている。周囲に注意を向けるため、走行スピードは自然とゆっくりになり、寄り道前提のゆったりとしたライドになる特性も明らかになった。

第4回・第5回試走(福島県浪江町、広島県広島市)
大垣市以外での有効性を検証するため、体験者が一定の土地勘を有する福島県浪江町および広島県広島市にて試走を実施した。
第4回試走:福島県浪江町(2025年11月29日)
体験者はこの記事の筆者と共同でアーティスト・イン・レジデンスを行っていた人物である。走行距離は9.66km、所要時間は2.5時間であった 。被災地において震災前の地図と比較走行を行うことで、以下のような知見を得た。
100年前の地形と重なる道が多く残っていることを確認した。震災によって鳥居が新しくなった浪江神社が100年前から存在していることや、震災で失われた浪江小学校の跡地などを巡った。また、古地図にある道を進むことで、泉田城跡に辿り着くといった経験も得られた。体験者は「地図に載っている神社が今も残っているかを確認しに行くプロセスが宝探しのようで楽しかった」と述べている。浪江町は震災によって町の様子が大きく変わった町である。現地に赴くだけでは知ることのできない町の重層を古地図散走を通じて知ることができたのだ。
第5回試走:広島県広島市(12月5日)
体験者は大学時代の4年間を広島で過ごした人物である。走行距離は8km、所要時間は1時間であった。市内中心ににおける戦後の復興の変遷に焦点を当てた。
戦後10年ほどではランドマークが完成していない時期もあったが、路面電車などの都市機能が早期に復興していることを古地図との接続によって理解した。戦前に軍施設として利用されていた広島城周辺が、現在は公園や公共施設へと変化している変遷を辿った。広島居住時には路面電車やバスでの移動が主であった体験者は、自転車で走行することで、川や平和記念公園の造りといった広島の街並みの特徴を多角的に捉え直すことができた 。
体験者は発表でも登壇し、以下のように述べた。
「歓声が聞こえてくる巨大なスタジアムや子供が走り回る平和記念公園の様子を眺めながら、原爆ドームだけが残る焼け野原の中、路面電車が走った80年前の景色を今の景色に重ねペダルを漕いでいました。戦前、戦後、現在の地図を見ながら街を巡り、古地図散走によって過去と現在の繋がりを感じながら走ることができたと思います。」
これらの試走を通じて、「古地図散走」が大垣市特有の企画ではなく、日本全国のデータベース(今昔マップ)が存在する土地であれば、どこでも実施可能であることが実証された 。土地勘のある場所であっても、古地図と自転車という身体性を介することで、その土地が持つ歴史的文脈を再発見できることが確認された。
第6回試走(大阪府堺市)
最終発表の前日、大阪府堺市に到着した私たちはシマノの所在する堺市で古地図散走を実施した。土地勘のない初めて訪れる土地でも古地図散走が有効であるか、確かめる実践であった。
100年前から変わらない区画の堺の市街地をぬけ、古地図に誘われるまま、旧堺港に辿り着いた。港の形が全く変わっていないことにまず驚く。港には、史跡になっている灯台があり、現代は灯台付近まで埋め立てが進んでいて、近くまで行くことができる。灯台自体も文化財にしているのだが、古地図だけで確認できる、今は地下に埋もれた、灯台へと伸びる堤防も、文化財に指定されていると現地の案内に記載してあった。古地図を通じてその土地の細かな変遷を知ることができた体験だった。古地図上では海として表示されている、埋立地を突っ切り駅まで戻る。埋立地に建設された工業地帯への輸送のため建設された道路をたどりながら堺という街の変遷に思いを馳せながら帰った。堺という、初めての土地でも、古地図散走は有効であった。

3. シマノ自転車博物館での最終発表
2025年12月13日、大阪府堺市のシマノ自転車博物館にて最終審査会が開催された。計6回にわたる試走をもとに最終発表に臨んだ。
当日は、午前中に館内を見学し、神保正彦氏(シマノ自転車博物館 学芸員)による解説とともに自転車の歴史的変遷を辿った後、各チームによるプレゼンテーションが実施された。航空機の乱れにより一部のチームはオンラインでの参加を余儀なくされたが、それぞれの個性が反映された多様な企画が提示された。発表終了後には参加者同士の交流の時間が設けられた。各自がどのような背景や思いを持って自転車に関わっているのかを直接語り合い、共有する有意義な機会となった。
一連のプロセスと試走の成果が認められ、私たちの「古地図散走」は第8回「ソーシャル×散走」コンテストにおいて大賞を受賞した。

4. あとがきに変えて、「古地図散走」パブリック・ライド告知
古地図散走と向き合う中で、自転車に乗りながら世界を観測することの意味を改めて考えることができた。自転車に乗り気ままに散走する。そこに古地図というレンズを一つ設けることで世界がまるっきり新しく見えてくる。古地図散走はそんなライド体験をもたらしてくれる。そんな古地図散走はオープンイベントとて開催することを予定している。いずれのイベントも、古地図散走を直接体験できる機会となる。近隣の方はもちろん、遠方の方の参加も広く参加募集中である。
2026年2月22日(日)7:30〜10:30「早朝耐寒ライド 2026 Winter 〜古地図散走〜」を開催する。こちらはIAMASの卒展のイベントとして行われ、どなたでもご参加いただける。近隣の方はもちろん、遠方の方もぜひお越しいただいて、ライドの後に卒展をご覧いただければ幸いだ。
加えて、2026/3/14[土]15[日] 10:00–16:00にIAMASのギャラリーにて開催される「クリティカル・サイクリング展 この大きな空の下、風になる」関連イベントとして「早朝早春ライド〜古地図散走〜」(2026年3月15日(日)7:30–9:30)を開催する。ライド後はぜひ展覧会をご覧いただきたい。自転車に関する様々な作品が集結する類を見ない展覧会だ。こちらも奮って参加願いたい。
上記を持って本記事を締め括ろうと思う。関わってくれた全ての人に大感謝である。「古地図散走」でまた会いましょう。