俺はどうしても神輿をチャリに乗せて走ってみたかった

遂にMIKOSHI RIDERがこの世界に爆誕しました。

自分が調べた限りにおいては神輿を自転車に乗せた過去の事例は発見出来ず、おそらく人類史におけるチャリに神輿を乗せた存在・概念のオリジンになれたと思います。

MIKOSHI RIDER

神輿のデザインと制作を引き受けてくれた親友の小南菜子さんは心の底から信頼している作家であり、神輿の美しいビジュアルはもちろん、自転車に乗せた時の快適なハンドル操作を可能とする素材選びや、スーツケースに入れて持ち運べる設計、誰でもセットアップが出来る構造の追求など自分一人では到底辿り着けなかった世界までMIKOSHI RIDERを連れていってくれました。はじめて神輿を搭載した自転車に乗ってペダルを踏んだ時には、一生忘れないくらいの強い感動があった。

お披露目は先月の記事で告知をした通り、東京舞台芸術祭内のプログラムとして開催した。

11/1(土) – 11/3(月) の会期中 10:00 13:00 16:00 に東京スカイツリーの真下に位置するソラマチひろばで参加者と待ち合わせて、簡単な自己紹介や世間話をしながら行き先を決める。9回中8回催行し、全ての回でグループ・ライドを牽引した僕は毎回違う場所へ行き、異なる体験をし、墨田の歴史や街の人々と親しみながら神輿に付いた鈴の音を鳴らす。

以下は催行した8回分の簡単なダイジェストである。

11/1(土) 10:00の回

隅田川沿いへ行った。「自転車初心者でも走りやすいところ」と参加者からの希望があったので川沿いの平坦な道をのんびり走る。途中停車をして路上でお喋りしたり、次のご予定の待ち合わせ場所までお見送りする途中にあった菓子店で桜餅を食べた。

11/1(土) 13:00の回

「荒川へ行ってみよう」とスカイツリーの真下で決めてとりあえず東側へ向かってペダルを漕ぎ進める。途中で見かけたガラス細工のギャラリーの展示へ足を運んだり「河川敷で食べるパンを買いたい」と話す参加者のリクエストに応じて京島の商店街へ向かう。

ちょうどすみだ向島EXPOの最中で、商店街の中にアート作品が展開されていたり、人が集まって賑わっていた。すごく惹かれた仮面を販売する雑貨屋の店内を見ている最中に停車していた神輿自転車の周りに人が集まっていて、人伝いで周囲の店へ。

自分がザンビアで滞在制作をしていた話をすると、紹介の紹介でアフリカ南部でアートプロジェクトを展開する理髪店の方に繋いでもらい、よくよく話を聞いていると当時お会いすることは叶わなかったが、ザンビア渡航前に共通の知人に紹介して頂いていた人だった。

MIKOSHI RIDERの次の展開の計画とも強い相関があり、強力な運命を感じたし、この作品は絶対に上手くいくとその時ようやく確信した。

荒川へ行くつもりが思いがけず商店街へ辿り着き、とても良い出会いがあった。シンボリックゆえに人を集める神輿と機動性の高い自転車、参加者の街への多様な興味、多くの不確実性をはらむことによって主催者の自分すら何が起きることが分からないことがこの企画の面白さだと思った。

11/2(日) 10:00の回

気心の知れた友人と2人で東京都現代美術館を目指す。1時間くらい作品展示を見て、お昼ご飯でも食べて帰ろうと計画していたが、清澄白河の近くに着いたところで、共通の友人が近くに住んでいることを思い出す。

電話をしたらたまたま自宅にいらっしゃったので近所の公園で待ち合わせ、1年ぶりの再会。参加者の友人を含めた3人で昨年の夏に酒を酌み交わしてから会っていなかった。

本当は小学校の頃の放課後のように、自転車に乗って目的もなく遠くへ行ったり、突然友達の家に遊びに行きたい。悲しいことに大人になった僕らはスケジュールに縛られ「いま神輿を乗せたやばいチャリに乗ってるから!」という理由がいる。何故だろう?

この回で尋ねた友人とは、何年か前に上野公園で一緒にゲリラライブをしたり、下北沢の路上で石を売ったりしていた。「変わらないね」と言われた。

11/2(日) 13:00の回

参加者・スタッフを含め10名となる、最大規模の回だった。

クリティカル・サイクリングのメンバーでもある畔柳さん がお越しになったので、周辺の地理や歴史に明るい畔柳さんに山谷地域のご案内を頂く。

10人でチャリに乗って行った平賀源内の墓
山谷サイクリング

最後尾で安全確保をしていたスタッフはすれ違った人の話す話題が自転車に切り替わっていたと言う。畔柳さんのスペースで先日の「再来」さんや芸術祭 で発表された映像作品を拝見したりと、2回連続で「友達の家へ遊びに行く回」が続いた。

有事の際はマンションの棟と棟の扉が塞がり強力な盾となる

11/2(日) 16:00の回

浅草へ行き、外国人観光客10人と写真を撮るまで帰れま10を決行。地域柄なのか路側に小さな鳥居があり、その前に神輿を止めていたところ、寺山修司の作品世界から出てきたような白粉を塗ったおじさんに話しかけられる。口元に泡を吹きながら小声でボソボソと喋っていた。動揺して自転車を倒してしまい、神輿の一部を破損してしまう。自分は躁と鬱の振り幅が激しい人間なのでBADに入ってしまった。一人になる時間が欲しかったので参加者には浅草寺へ行ってもらう。

気持ちが回復したので、帰り道にリサーチの時に気になっていた発明家ショップトキメキへ行く。

「頭脳ゲーム 宇宙人もびっくり」

ご主人が発明したゲームを遊び尽くし、満足して東京スカイツリーへ戻り、解散。翌日の同刻にトキメキの前を通った時はお店が閉まっていたので、人との出会いはやっぱり一期一会だと思った。

11/3(月) 10:00の回

参加者からかつてスカイツリー周辺に住み、職場が近くにあったと伺い、当時のご自宅や職場を案内して頂く。引越しをしてから何度か前を通ったことがあったが数年ぶりに訪れたとのことだった。

個人史を通して街を観察すると、初めて来た場所で何の縁もないのに、そこで暮らしていたかのような錯覚を覚える。墨田という幾重にも歴史の層が重なる街だったから余計に。

11/3(月) 13:00の回

学生時代の同級生が二人来た。上野のアメ横にあるドライフルーツ専門店へ行って買い物をしたいと言うのでそれに付き合い、押上から西へ向かう。木枯らしが吹いていたみたいだ。とても風が強かった。

かっぱ橋道具街にあった食品サンプルのお店。精巧なフェイクに値付けがされている。

3連休最終日のアメ横は激混みだった。人を自転車で掻き分け目的地へ。餞別にドライフルーツを頂く。美味しかった。

11/3(月) 16:00の回

最終回には両親が来た。リハーサルも含めると7日間もこの地でお世話になったのでお礼周りに出かける。僕は旅行会社で働いていたことがあって、当時お客さんとして母が来た自分の企画と添乗の仕事も墨田で行っていたことを思い出す(言われるまで忘れていた)。歴史は形を変えて繰り返すのだ。

最後は一番お世話になった神社に鬼ころしを奉納しておしまい。

天気にもお客さんにも恵まれ無事に終えることができた。

8回やってみると、墨田区でイベントとして実際に行われたこと、あるいは自分の現実の世界における振る舞いが想像していたことと全く異なっていたことに気付かされる。

先月の投稿に書いたリクリット・ティラヴァーニャの引用や、クリティカル・マスの引用は嘘百丁もいいところで、自分は純粋にどうしても神輿をチャリに乗せて走ってみたいだけだった。無理やり社会的な文脈に紐付けて他人からの理解を望んでいたような気がする。でもやっぱりどうしても自分は神輿をチャリに乗せて走ってみたいだけだったのだ。

そもそも、(これは一番大切なのだが)街も人も本当に面白い。人と人が関わることによって全く想像しなかったことが繰り広げられていく。これは自転車に乗って外へ出なければ分からなかったことだ。自分は自分の暮らしのルーティンの中で、河原で食べるパンや、ドライフルーツを買いに行くことを望む日があっただろうか。ディスコードを使った体験の設計をあれこれ考えていたが、結局全てが有り、望めばどこにでも行けてどうにでもなる開けた現実の世界が面白い。祭りが白昼堂々酒を飲む口実であるように、神輿チャリは人を集め、一緒にどこかへ行く機会を作るきっかけになったような気がする。自転車は人と人を結ぶ媒介物であり、作家である志村翔太の人間としての修養に応じて振る舞いやお客さん、ひいてはこの世界との向き合い方も変化していくだろう。自己と向き合い、時に苦しむこともある険しい道のりだ。

とはいえ、ツアーパフォーマンスの作品として、一式の体験を考えていくと、どうやって人が集まるか、どうやって注目を浴びるか、どうやったら通りすがりの人に話しかけられやすいか。神輿のしつらえ、ツアーの組み方、ルール設定・・・色々考えていくことがある。

でも2025年の志村翔太にとって一番大切なことは「神輿チャリに乗る」ということだった。作品を作り、発表をすると、みなさん色々な感想をお持ちになると思う。だけど僕の神輿チャリに乗りたいという気持ちを誰が止められただろうか。この世界を肯定したい。

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