[車輪の言葉、車輪の数] 32ノッチ

車輪は古来から修繕して使用するもので、破損した箇所があったら取り替えて使っていた。


日本の平城京平安京の時代でも、車輪を購入した公式な記録が残されており、そこには車輪一式に加えて、取り替えや修繕のための部材も一緒に調達していたことが分かる。


車輪は歴史の長い技術だが、しっかりと手入れをしておかなければ、役目を果たさなくなってしまうということは、ずっと変わっていないことがわかる。


自転車をメンテナンスする時に、まず手をかけたいのは車輪だ。安全の面から言っても、性能の面から言っても、歴史的な面から言っても、車輪の状態を良好にしておくことが、自転車で走る状態を良好なものにすることは間違いないだろう。


だが現代においては、自転車のホイールは非常に高い精度を必要とする。当然メンテナンスにも精度の高い作業が求められる。いち自転車ユーザーが一朝一夕にできるものではない。

オーバーホール


そこで今回、京都にある whoo bicycles の協力を得て、シングルスピードバイクのオーバーホールの様子を記録してもらった。この自転車は乗り始めて2年、基本的には市内の移動で1日に乗る距離は往復20キロ程度である。しかし、本格的なフルオーバーホールは初めてである。


このシングルスピードはホイールに変速機のついていない、シンプルで故障しにくいことが魅力の自転車だ。ホイールには「フリーギア」と「固定ギア」という種類がある。フリーギアとは、回転する力が一方向だけに作用する仕組みをもったギアのことである。
今回はこのうちフリーギアについて書く。

ラチェットの模式図


このようなラチェットという機構によって一方向の向きの時にだけ回転するのがフリーギアだ。細かい説明は省くが、おおよそこの図をみて、どちらに回転すると赤い部分が引っかかるか、引っかからずに回るか、というのをイメージしてもらいたい。


自転車を走らせながらペダルを止めると、後ろのホイールから「チリチリチリ」とか「チャチャチャ」という細かい連続音が聞こえてくるのは、この仕組みのせいである。


ペダルを漕ぐ時には推進力が得られるがペダルを止めたり逆回転させたときは、ホイールが勝手に回るという仕組みなのだが、つまり、一般的なママチャリはほぼ全てがこのフリーギアであり、自転車に乗ったことがある全ての人がフリーギアを体験したことがある、といっても過言ではない。


おそらくだが、自転車を指す「チャリ」という言い方の由来の一つは、このフリーギアの空転音を形容したものでもあると考えている。


私のシングルスピードについているギアはシマノのSF-1200、歯数が16、ラチェット数が32ノッチ、となっている。ラチェット数というのは「チャリチャリ」の溝がいくつあるか、という数字である。

ラチェット数が多いほど溝が細かいので、ペダルを踏んでからギアに力がかかるまでの距離が短くなる。これを体感するには自転車にのって走っているときに、いったん足を止め、再度足を漕ぎはじめると、漕ぎはじめのほんの一瞬、漕ぎ足に反動がくるまでの時間的ラグを感じる。

ラチェット数が32ということは、もしも漕ぎはじめる位置が一番中途半端だった場合は最大で約11.25度、足が空転してから「カン」という音がしてホイールに力が伝わりはじめる。

これは、エネルギーロスだとか、ラチェットの数が倍になれば良いだとか、そういう話にしたいわけではない。こう言った数字が車輪が出す「音」となってあらわれている。

清少納言が書いた「枕草子」では、車輪の音に関する想いが述べられている。平安時代当時の車輪は木でできており、路面は固められた土か、石が敷かれているところを車輪が通っていた。その時の車輪と地面が触れて発する音に、独特の趣があると述べている。


その一方で、きちんとメンテナンスがされていない車輪の音は耳障りなものであり、乗っている人物の品格に疑問を呈するような記述もある。


「チャリチャリ」であっても「ギシギシ」であっても、車輪は円形なので周期的で連続的な音を出し続けながら動く。自転車に乗っている人は自分のホイールの音を最初から最後まで聞いているわけだから、なるべく好ましい音を発していたいと思うのは自然ではないだろうか。

Before
After

きれいにメンテナンスされたホイールが自分のところに帰ってきて、またフリーホイールの音を奏で続ける。ホイールの反対側にはまだ、一度も音を立てたことのなり固定ギアが、ピカピカのままついている。

固定ギア

固定ギアは音を発するのだろうか。もちろん乗る人の心次第なのだが。これついては、将来的な課題としていずれ報告したい。

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